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2050年のメディア

文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた下山進氏が「2050年のメディア」を展望します。

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第5回 追い詰めたJRの『暴君』 日本の〝禁域〟に挑む伝説のフリー編集者=下山進

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松崎明・JR東労組元委員長。革マル派最高幹部という〝裏の顔〟を持っていた 拡大
松崎明・JR東労組元委員長。革マル派最高幹部という〝裏の顔〟を持っていた

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

 この連載の第1回では、紙の新聞は今後も退潮を続けること、不動産業や業務の多角化で、売上減をカバーすることは無理であること、答えは、有料デジタル版を読者にとってもらうしかないこと、そして有料デジタル版を成功させるためには、記者クラブに張りつき情報をとってくる「前うち」重視の体制をあらため、その社ならではの独自のアングルの記事を出していく必要があること、を書いた。

 そのために必要なのは「編集者」である。

 と言っても、新聞社の幹部ですらピンとこないのだから、まして一般の読者にはなかなかわかりにくいかもしれない。

 著作物は、書く人だけの力で出来ているのではない。そのことを理解してもらうために、ある書籍編集者の話をしよう。

 最初に気がついたのは『告白 あるPKO隊員の死・23年目の真実』(旗手啓介著 講談社、2018年)を読んだときだった。

 1993年に起こったカンボジアでの文民警察官・高田晴行警部補の襲撃死亡事件。この本ではNHKスペシャル取材班の手によって、当時の日本政府と国連事務次長の明石康が日本のPKO参加を「成功」させるため、戦場状態にあったアンビルの状況を見て見ぬふりをしたこと。そのことによって武器を携行しない警察官が犠牲になったことが、高田警部補が死亡した襲撃現場にいあわせた各国警察官の直接取材によって克明に描かれていた。

 英国の議会がイラク戦争に参戦をしたのは「誤り」とした英国議会調査報告に匹敵するような、仕事だった。当時の日本政府や議会はほとんど検証をすることなく、歴史の影に埋もれていた真相をノンフィクションの力で明るみに出したのだ。

 NHKがこの四半世紀前の事件を取材することになったのは、カンボジア派遣文民警察隊長の日記があったからである。

 そして、その日記をそもそも入手したのが〝彼〟だった。

 その彼が、NHKにこの日記を持ち込み、オランダやスウェーデンの警察官で当時現場にいた者たちも含めた国際的な取材をNHKが組むことになり、まず番組がつくられ、そしてそれを本にしたのである。

 そして『暴君 新左翼・松崎明に支配されたJR秘史』(牧久著 小学館、2019年)という本。

 これは過激派組織、革マル派の最高幹部でありながら、JR東日本労組そしてJR東日本を牛耳った松崎明という男が、国鉄が分割・民営化された後、何をしてきたかを、書いた本だ。

 JR東日本の問題は、週刊文春が1994年にまずとりあげている。ノンフィクション作家の小林峻一氏を書き手にして4回にわたる連載にとりくむ。が、JR東日本キオスクが販売スタンドに一冊も並べないということが3カ月にわたって続き、この「販売拒否」とJR東労組による提訴に、当時の文藝春秋は全面屈伏ともいえる「和解」を選択した。

 その後時代は10年以上くだって2005年12月。警視庁公安部が、「業務上横領容疑」でJR総連本部、JR東労組本部、埼玉県内の松崎の自宅に一斉捜査が入る。その際、週刊文春の特派記者西岡研介が、業務上横領容疑の具体的内容を5ページですっぱぬいた。

 が、この続編を週刊文春で西岡は継続することができず、旧知の講談社の編集者に相談、週刊現代に移籍してその連載を始める。この編集者が、後に『告白』をやることにもなる彼だった。

 週刊現代も訴訟の嵐に見舞われた。置き石の件のみ「真実相当性」が認められず、440万円の支払いを命じられる敗訴となり、JR東日本と松崎の案件は以後マスコミ界のタブーとなる。

 だが彼はあきらめていなかった。

 さらに時代はくだった2017年、日本経済新聞の社会部長だった牧久が書いた『昭和解体 国鉄分割・民営化30年目の真実』(講談社、2017年)の本を最後に講談社を定年退職した彼は牧にぼそりとつぶやく。

「続編もあるのでしょうね」

 現役の記者時代から一切、松崎のことを書いてこなかった牧が、JR誕生後の松崎について正面から向かい合うことになった瞬間だった。

 彼は、西岡を牧にひきあわせ、『暴君』ができあがっていくのである。

 しかも、定年後なので、フリーの編集者として版元を小学館にして。

 その編集者の名は、加藤晴之という。

 加藤企画編集事務所という実質一人の事務所を構え、文藝春秋、小学館と版元を変えつつ、リスクをとりながらノンフィクションを作り続けている。

(敬称略)


下山進氏 拡大
下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。著書に『勝負の分かれ目』『2050年のメディア』など

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