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2050年のメディア

第11回 縦割りを越えろ コロナ禍とSTAP細胞報道、FT紙記者の指摘から考える=下山進

ジリアン・テットは現在フィナンシャル・タイムズ紙のエディター・アット・ラージ。そのコラムは日本経済新聞で読める

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

『フィナンシャル・タイムズ』のジリアン・テットが面白い記事を書いていた。

 それはウイルスの封じ込めに成功し、経済を段階的に再開させようとしているニュージーランドのある研究についてである。その研究者は、経済封鎖による感染の縮小と、それによる経済的ダメージの相互比較をしたのだった。

〈それによると、3万3600人(感染拡大が放置された場合に保健省が予想する死者数)の国民を救うのに、国内総生産(GDP)の6・1%相当額までなら政府は支出を経済的に正当化できる。救う人数が1万2600人(感染拡大が抑制された場合の予想死者数)なら、GDPの3・7%までだという〉

 なるほど、こうした計算があって、ニュージーランドは、売り上げが前年同月比30%減になる企業に3カ月分の給与補助(フリーランスも対象)といった補償をセットにして、ロックダウンをいち早くしたのか。

 ジリアン・テットが言うのは、感染症対策と経済対策という二つの専門をつなげる視点の必要性だ。

『サイロ・エフェクト』ジリアン・テット著 土方奈美訳 文春文庫

 ジリアン・テットとは、私が文藝春秋にいた時代に、彼女の本『サイロ・エフェクト』を出版したことから、深く話をする機会があった。テットのこの本は、まさに専門が細分化するゆえに、それぞれがタコツボ化し、全体として最適の判断ができない、現代組織の病理をえぐった快作だった。

 彼女がとりあげた組織は、ソニーやニューヨーク市庁、UBS銀行、シカゴ市警察、クリーブランド・クリニックなど。「サイロ」とはタコツボのことだ。その「サイロ」化を組織形態の変更によってうまく乗り切った例として、ニューヨーク市庁や、クリーブランド・クリニックの例があり、「サイロ」化によって危機に陥った例としてソニーがあげられていた。

 ソニーはカンパニー制をしいたことにより、各部門がサイロ化、1999年のラスベガスでの見本市で、当時のCEO出井(いでい)伸之がお披露目した「ウォークマン」の次世代機のことを、その象徴としてテットはあげていた。

 二つのまったく似たような商品が紹介されたが、それは二つの部門がそれぞれ開発した二つの商品だったのだ。互換性はなく、それは「サイロ」の深刻さを物語るものだった。

 ソニーの「ウォークマン」が、シンプルなひとつの商品にしぼったアップルに駆逐されるのはその後のことだ。

 テット自身、実は、1993年にフィナンシャル・タイムズに入社する前は文化人類学者だった。文化人類学は、ある集団にインサイダーとして入っていき、アウトサイダーの観察眼をもって、その集団の特徴を見いだす。その集団の中ではあまりに当たり前の習慣で意識していない行動様式を、あぶりだしていくのである。

 こうした訓練をうけたからこそ、テット自身もジャーナリストとして、「サイロ」に陥ることなく、「当たり前」とされていることに、疑問をいだき、それを独自の眼で腑(ふ)分けしていく記事を書き続けている。

 今回のコロナ禍に、日本の新聞の報道がうまく対応していっていない理由も、そのあたりにありそうである。日本の新聞社の場合、政治部、社会部、経済部、科学部、文化部、医療部といった具合に縦割りの部が支配している。そのサイロたるや、強烈なものがある。

 たとえば、医療部が厚生労働省の担当となっている社では、科学部がそこに入れず、初動でコロナ対応について科学部はまったくスルーという事態になったりする。

 実は、こうした社会や政治・経済を変えてしまうような科学的な出来事を、新聞社がうまく追えなかった例は過去にもある。万能細胞として、『ネイチャー』に論文が掲載されたSTAP細胞をめぐる報道だ。

 この論文のファーストオーサー(筆頭著者)が理化学研究所の研究員であり、しかも、彼女をアドバイスしたのが、笹井芳樹という再生医療の分野で高名な理研の科学者であったことから、ほとんどの新聞の科学部はその権威にひれふす形になったのだった。

 このときも多くの新聞の科学部は専門家の発言をうのみにして報道をしたが、実はこれは社会部的事件だった。「捏造(ねつぞう)をしているかもしれない」という見立てからめざましい報道をしたのは、毎日新聞の科学環境部だったが、彼ら、彼女らの取材は、従来の科学部的手法ではなく、社会部遊軍的手法によって、様々な事実を明らかにしていったのである。

 この科学環境部にいた須田桃子(現NewsPicks副編集長)のノンフィクション『捏造の科学者』を私は担当編集者のひとりとしてつくったが、この本の要諦は、笹井氏とのメールのやりとりにあった。メールそのものが、事実を深掘りしていた。

 この本は科学ジャーナリスト大賞を受賞する。ところが、その授賞式で、新聞の科学部OBが「メールを直接引用するのはいかがなものか」という趣旨の質問をしたことに象徴されるように、新聞社の中には、メールの直接引用に疑問を呈する意見も強くあった。

 自分の身を明らかにして、笹井氏に質問をしているのだから、そのメールを引用することはまったく問題ない。しかも税金を使った研究の疑義を究明することは公益にかなう。

 コロナ禍に対する報道のとりくみばかりでない。日々、その「サイロ」で言われていることがはたして本当なのか、それを問うことから、優れた報道が生まれてくる。


下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。著書に『勝負の分かれ目』『2050年のメディア』など

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サンデー毎日は毎日新聞出版から毎週火曜日に発行されている週刊誌。1922年に日本で初めての総合週刊誌として創刊されました。

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