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2050年のメディア

第13回 数字を人生に変える コロナ禍とベトナム戦争 そして日航機事故報道=下山進

ニューヨーク・タイムズ 2020年5月24日の1面。10万人を迎える死者のうちの1000名余の氏名が埋めつくした。死者の情報は、全米の地方紙の協力のもとに集められた。

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

 アメリカよ。10万の生と死に会いたまえ。

 5月24日のニューヨーク・タイムズの1面は、「計り知れない損失」として、コロナによる死者1000名余の氏名がうめつくした。

「それはただのリストではない。彼らは私たちでもある」

 電子版では、当該の1面記事をクリックしスクロールしていくと、日付ごとに、人影が増えていく。

「進取の気性に富んだ校長だった。デズ・アン・ローメイン ニューヨークシティ 33歳」

「最後の最後まで走り続けたアスリート ロバート・ラスト インディアナ州 グリーズバーグ 88歳」

「コロナの最前線で戦った看護師 キオス・ケリー ニューヨークシティ 48歳」

「米国に3年前に移民してきたばかりだった ジェシカ・ビートルズ・コルテス ロサンゼルス 32歳」

 こうした故人にふされたコメントを読んでいくと、10万という数字がただの統計ではない、様々な人生を生きた人たちだったということが、心に積もっていき、泣けてくる。

 私自身、日経の電子版で、毎日、世界中の死者の数を2月からチェックしてきたが、統計がただの数字として自分の中にあるだけだったことに気がつき愕然(がくぜん)とした。

 日本では都道府県から報告された数字が厚生労働省に集約され、各メディアに発表される。それによって各新聞やテレビ局の数字は更新されていく。それは都道府県別にグラフにされ、ここはピークアウトした、拡大している、といった形で毎日眺めることに私たちは慣れていってしまう。

 が、ここにある数字は、実際の人生を生きてきた人々だ。

 この原稿の締め切りの5月29日の時点で、日本で公表されているコロナによる死者の数は896名。

 日本の新聞、テレビ、雑誌でニューヨーク・タイムズと同じことができないのだろうか?

 各都道府県の発表、厚生労働省の発表は匿名、数字のみが配られる。私が聞いたキー局の記者は、「考えてもみなかった。確かにテレビで遺族に呼びかけてもいいかもしれない」とも言った。

 私がこのタイムズの大胆な紙面をみて思い出したのが、1971年6月27日号のライフ誌だ。ヘンリー・ルースという共和党支持の保守的人物が持つタイム社の発行するこの写真週刊誌は、ベトナム戦争の末期に、素晴らしい報道をする。

 表紙には、劇的な戦場の光景のかわりに、若い兵士のパスポートの写真が拡大して掲げてある。

 その号は、なんの変哲もない、大規模な戦闘もおこなわれていない、ある平凡な一日にベトナムで死んだ若者242人の顔写真がただ並べられた。

 ディビッド・ハルバースタムはライフのその号についてこう書いている。

〈無名の週の無名の戦いに、実在する本当の顔と名前を与えよう。最終的に写真以外は使わないことになる。写真がすべてを語ってくれる。(中略)安っぽく、質は悪かった。だが、かえって効果を高める。一つ一つの顔にあらわれた誇り、畏れ、純真さ。軍服をきている者も多い。虚勢をせいいっぱい張っているその裏から、恐怖がにじんでいた。

 正視するのは耐えがたいほどの迫力があった。男も女も涙なしにこの号を読むことはできない。(中略)ジャーナリズム史上に輝く、ライフ誌の金字塔であった〉(『メディアの権力』)

 このライフ誌の手法は日本の編集者にも受け継がれる。

Emma 1985年9月10日号 エンマは、このあと1987年5月6日号で廃刊。2年で終わった短命の雑誌だった。「フォーカス、フライデーが売れていたのでどうしても編集がそっちにひっぱられた。ライフ誌のようなジャーナリズムをやる独自の路線もあったかもしれない」とは、33年後の花田紀凱の弁。

 1985年8月におこった日航ジャンボ機墜落事故で、文藝春秋にいた花田紀凱(かずよし)(現月刊Hanada編集長)は同じことをやろうと思いつく。当時花田は、写真週刊誌Emma(エンマ)のデスクだった。

 事故の犠牲者520名のうち126名の写真が集められ、それぞれの人の人生を記したキャプションとともに、何ページも掲載された。

「写真を見ているだけで、子どもも、母親も、父親もいろいろな人があの飛行機に乗って命を落したことがわかるから」(花田)

 私が会社に入る半年前のことだったが、当該号のことはよく覚えている。墜落現場の写真をそのまま載せたことで大きな批判を浴びた号でもあったが、私はこの淡々と顔写真が流れるページや、遺品が掲げているページのほうをよく覚えている。

 ノンフィクションもジャーナリズムも名前を与えることによって始まる。

 ベトナム戦争のあった1970年代や、日航機事故のあった1980年代とは、プライバシーに対する考え方が全然違う、そう反論する記者もいるかもしれない。たしかに難しくなっている面はあるだろう。しかし、ニューヨーク・タイムズはやった。

 日本は新聞社やテレビ局にいる記者たち自体が、自縄自縛に陥っている面はないか。厚生労働省や各都道府県庁が発表しなければ、他の方法でいくらでも独自に調査できる。そして意をつくして遺族の了解をとることはできる。


下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。著書に『勝負の分かれ目』『2050年のメディア』など

サンデー毎日

サンデー毎日は毎日新聞出版から毎週火曜日に発行されている週刊誌。1922年に日本で初めての総合週刊誌として創刊されました。

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