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2050年のメディア

第14回 特攻作戦を拒否した指揮官に倣え 時事通信新社長の挑戦=下山進

99年、大蔵省の記者クラブで。「ヒゲのサカイ」だった頃。この後『勝負の分かれ目』が出てワシントン支局への人事があやうくなった。現在は、ヒゲはきれいさっぱりそっている。

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

 1994年に、時事通信の大蔵、日銀の各クラブに配属されていた四人の記者は、最強の布陣だった。

 彼らは東京銀行と三菱銀行の合併の話をもっとも早く察知しスクープに挑んだ。その話を99年の年末に出した『勝負の分かれ目』の終盤に書いた。

 激しい性格の他の三人にくらべ、もっともフツーの感じの人だったのが、「ヒゲのサカイ」と呼ばれる境克彦(さかいかつひこ)だった。

 その時事のスクープを当時の社長が、「どうせ日経の後追いだろ」と言い放ったという話を書いたおかげで、境のワシントン行の人事が危なくなったりした。

 それでも、「自分も書いている立場だから」と鷹揚(おうよう)にかまえてくれた。「別に飛ばされてもいいよ」とも。

 境が達観したような気持ちでいたのは、後輩記者の壮絶な過労死が影響していたのだと、今になっては思う。

 私が本の取材をしていた97年当時、境は、専従の労組の委員長になっていた。労組の委員長といっても、出世のコースではない。誰もなり手がいないそのポストを境は「おとしまえをつけなくてはいけない」とひきうけた。過労死した後輩の死を調査し、遺族の労災申請を手助けするために。

 時事通信は、戦前の国策会社である同盟通信からわかれて発足した。80年代以降は、ロイターや日経QUICK、ブルームバーグなどと激しい競争をくりひろげ、トレーダーのもとに、一秒でも早くニュースを届けることに血道をあげていた。

 しかし、90年代の後半に、日本の金融が巨大な音をたてて崩れ始めると、午前3時の破綻会見をこなしたあと、数時間の仮眠ののちに日銀会見の金融情報用の速報をするなど、人間の限界を超える仕事をこなさなければならなくなっていた。

 激しい競争のなかで、時事通信は96年から二年の間に相次いで三人もの在職死亡者を出すことになる。いずれも30代の働き盛りの記者で、このうち少なくとも二つのケースは典型的な過労死だった。

 労組の委員長だった境は、当時組合報にこんな文章を書いている。

〈時事通信社は一人ひとりの根性だけで支えられている会社だ。「少数精鋭」の掛け声のもと、ひたすら走らせ続け、そして倒れる人間が出ても、会社は代わりの根性人間で埋め合わせればすむだろう。しかし、力尽きて倒れた人間は、その家族にとってかけがえのない存在なのだということをもっと真剣に考えよう。これ以上、親や妻(夫)や子を泣かせてはならない〉

 それから20年余、なんと、境克彦は社長になる。

 6月27日の時事通信の株主総会で社長に選出されることが内定したのだ。

芙蓉部隊にいたパイロットの坪井晴隆さんの話をきいて、境は初めて部隊の指揮官だった美濃部正のことを知り衝撃をうけた。美濃部についてはすでに多くの本が出ていたが、彼の人生を追うことを決意する。

 境は、福岡支社にいた2014年から2016年の間に、特攻作戦を拒否した指揮官、美濃部正(みのべただし)のことを取材し『特攻セズ 美濃部正の生涯』(方丈社)という本を書いている。

「美濃部さんのことは、たくさん書かれていましたが、この人は根性論ではなく、論理的に考え、特攻という人命を損なうことを前提とした作戦でなくとも、戦うことができるということを身をもって証明した人でした。そこに衝撃をうけました」

 境は根性論ではなく、会社を経営したいと思っている。

 海軍のエリートたちが、「間違っている」と思っても口に出せず、空気にのまれていったなかで、美濃部は夜間航空部隊を編成し、沖縄に上陸する米軍への爆撃を特攻によらずとも、遂行した。

〈自分の頭でとことん考え抜き、良心に照らして正しいと思うことを公言し、実行した。これは簡単にできることではない〉

 しかし、一方で美濃部は特攻を全否定していたわけではない、とも境は言う。

 この美濃部の微妙な心の揺れは、境の、「前うち」報道に関する評価とも似ているようだ。境は、ジャーナリズムは速報、つまり「前うち」こそ命だと今でも考えていると言った。

 検事や官僚がもっている情報をとって半日早く書いたとしてもどういう意味があるのか、という私の問いに対しても黒川弘務・前東京高検検事長の賭け麻雀(マージャン)問題をひいてこんな答えをした。

「あの賭け麻雀のメンバーに時事の記者がいなかったことでほっとした反面、正直、寂しいという気持ちもあった」

 最大のニュースソースと事件の渦中でも賭け麻雀ができるくらいの仲にならなくては、まともな記事は書けないとも思ったというのだ。

 なるほど。

 しかし、時代は境が90年代後半に日銀クラブにいた頃と大きく変わった。

 かつてとは違い、ニュースによって相場が動かなくなっている。2010年代急速に広がった超高速取引(HFT)によって今や、多くの取引は人間が行うのではなく、AIが10億分の1秒刻みで取引を繰り返すことが主流となった。AIはニュースを見ない。

 そうしたなかで、20期連続の営業損失を出している通信社の社長に就任する。

 何が価値を生むのか。

 境の〈とことん考え抜く〉試練と挑戦の日々が始まる。


下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。著書に『勝負の分かれ目』『2050年のメディア』など

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