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2050年のメディア

第17回 NYTより早い有料電子化 北海道の小さな新聞社がのぞむ「なつぞら」=下山進

十勝毎日新聞 2019年3月23日付紙面より。昨年度上半期には十勝地方の牧場を舞台にしたNHK連続テレビ小説「なつぞら」の放映があった。「かちまい」は、「なつぞら」関連の記事を次から次へと出し、東京の読者が購入をもとめて電話をしてくることも。

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

 2000年代に読売新聞グループ本社の社長になる内山斉(ひとし)が、まだ地方部の主任だったころの話である。

 全国の読売の地方版を管轄する地方部の内山は、全国からとりよせた地方紙を丹念に読むのが日課だった。北海道の十勝(とかち)地方で発行されているその新聞のお悔やみ欄を見た時、内山は目を見張った。そうか、この手があるのか!

 それまで新聞のお悔やみ欄は、喪主の名前までを取材して掲載する。それを地方版に載せれば、地方の読者の需要がある。そう考えていたが、葬儀委員長は、その地方のビジネスの要になる人がなることが多い、それを掲載することは、読者増につながる。

 内山は、すぐに、読売の全国の支局に向けて、お悔やみ欄に、葬儀委員長の名前を取材して載せることを指示した。

 十勝毎日新聞は、部数8万部ほどの地域紙だが、帯広市のある十勝地方のシェアは、63パーセントで圧倒的な強さをほこる。北海道全域を牛耳る北海道新聞も、こと十勝地方だけは、歯が立たない。「毎日」の文字があるが、毎日新聞とは資本関係等一切ない。

 愛称は「かちまい(勝毎)」。その十勝の小さくてもキラリと光る新聞社に、移動の自粛が解除された6月22日に出向いた。

 大分の臼杵(うすき)町(現臼杵市)から十勝地方に移住した旅館業も営む林豊洲(ほうしゅう)が、今から100年前に始めたこの新聞社は、創業当時から十勝の豊かな自然と農業を背景とした新聞社だった。

 十勝は日本有数の酪農地帯。酪農家は朝が勝負である。朝4時には起きて、6時までに搾乳をすませ、7時にやってくる農協の集乳車に牛乳を積み込む。そうした早朝が勝負の酪農地帯では、朝刊ではなく、夕刊だと豊洲は考え、夕刊紙として創刊。それは現在にいたるまで変わっていない。

題字には、赤いダイヤとかつて呼ばれた「あずき」、砂糖になる「てんさい」。そして「うし」が十勝地方の農業を支えるシンボルとして描かれる。

 現在の社長の林浩史(ひろし)は、社長になる2009年12月の以前から、世界新聞社会議に出席して、海外の動向をつぶさに見てきていた。

 その世界会議で知り合った、米国カンザス州の地方紙の社主と親しくなり、1996年から97年にかけては、その部数2万5000部ほどの「ジャーナル・ワールド」紙で、働いたりもした。

 その米国の地方紙の社主たちが、新聞社会議に出席しなくなったのは、2000年代に入ってからだった。

「そのうち米国で会議が開かれることもなくなった。収入の8割から9割を広告にたよっていたアメリカの新聞は、インターネットの広がりで、その広告がとられ、一気に苦境が訪れるのをまのあたりにした。しかし、無料広告モデルでインターネットに自社記事をだしてもうまくいかないことも、米国のニューヨーク・タイムズの例などを見てわかっていた」

 そこで林は、日本のどこの地方紙も考えなかったことを社長になる年に決断する。

 有料電子版の創刊だ。

 2010年の6月にはテスト版ができ、7月にはスタートする。

 日本でもっとも早い有料電子版「日経電子版」に遅れることわずかに4カ月。この連載でもたびたびとりあげた「ニューヨーク・タイムズ」の電子版が2011年3月創刊だから8カ月早い。

 しかも特筆すべきは、外部のベンダーにださず、自前のエンジニア二人がつくりあげたことだ。後に他の全国紙や地方紙は、有料電子版にとりくむが、共同通信の課金システムを使ったり、外部のベンダーにたよった。しかし、これだと、金もかかりちょっとした仕様変更も半年、一年と待たされたりした。ユーザーや編集局の使い勝手によって、不断に変えておくことができず、有料電子版をつくっても、ほとんど読者は得られていない状態だ。

 現在、十勝毎日新聞社は、8人の社員のエンジニアを抱える。

 契約者数は8000。紙の10パーセントの部数にまで成長している。

 電子版は、紙の記事をそのまま載せるのではなく、「農プラスビジネス北海道」「勝毎ビジネス」などの、専門情報チャンネルをもうけ、十勝で農業やビジネスをするうえで欠くべからざる有料電子版になることをめざしている。

 しかし、課題もまだ多いという。紙の編集部の記者は29名だが、デスクや記者が、午後1時の降版をすぎたあとの出稿を「翌日朝刊の道新(北海道新聞)にぬかれる」と出さなかったりする。

 8000契約者数といっても、社全体の売上のなかでは、2・5パーセント、紙の力はまだまだ強い。

 十勝地方は、このコロナで、観光を経済の柱とする経済政策に大きな転換を迫られている。

 都心部のリモートワークの浸透にともなう、自然豊かな地でのサテライトオフィス・移住地の建設や、「下町ロケット」でもとりあげた農業のICT化など、様々なフロンティアがある。そこを深掘りし、十勝の人々が本当に必要とする情報を電子のかたちで提供できるようになったとき、次の発展がこの「かちまい」にもある。

 十勝地方は北海道の他の地域が屯田兵による開拓で開かれたのに対し、民間の移民が、開拓した地域だ。

 私が訪れた6月21日、22日は、あいにくの梅雨空だった。

 その開拓者精神がやどる「かちまい」の「なつぞら」はもうすぐ。


下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。著書に『勝負の分かれ目』『2050年のメディア』など

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サンデー毎日は毎日新聞出版から毎週火曜日に発行されている週刊誌。1922年に日本で初めての総合週刊誌として創刊されました。

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