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2050年のメディア

第21回 「ナタの大久保」 日本テレビV字回復の秘密=下山進

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

「紙」から「インターネット」への流れは止めようもない。では「放送」から「インターネット」への動きはどうだろうか?

 NHKの回(第18回)やradikoの回(第19回)でテレビが依然圧倒的に地上波に支配されていることについて触れた。現在、電波塔からの電波を個別受信機のテレビ受像機で受け取って放送されているテレビ番組は、インターネットでも放映できる。スイスのように地上波を停波しテレビ局が完全にインターネットに移行した国もある。

 日本の場合、それが難しい理由のひとつにローカル局の経営問題がある。ローカル局の自主制作率は平均で10%以下。あとはキー局や準キー局の番組を流している。これが、ネットで日本全国どこでもキー局の番組が見ることができるようになってしまえば、とたんに経営に行き詰まる。そして、ローカル局は、日本テレビ系列であれば、読売新聞社と日本テレビおよび日本テレビ小鳩文化事業団などがしっかり株をおさえている。

 では、民放の雄、日本テレビ自体は、どうだろうか? インターネットへの対応をしているだろうか?

 日本テレビは、2005年3月決算では、3576億円あった売上が、地上波の広告の減収によって、年々下がり、2010年3月には2969億円と、わずか5年間で607億円もの売上が蒸発していた。

 このどん底の日本テレビに2010年6月に読売新聞から送り込まれたのが、大久保好男(おおくぼよしお)である。

 読売新聞グループ本社社長の山口寿一を「カミソリのような人物」とすれば、大久保は「ナタのような人物」と評した読売新聞社員がいた。

 大久保は、2003年に政治部長、2005年に編集局次長を務めた後、2008年6月に読売新聞でデジタルと放送を統括するメディア戦略局の局長になる。

 このメディア戦略局で大久保は、「10年、1割、300億円」の大号令をかけてデジタルに携わる社員にはっぱをかけていた。2007年度の読売新聞東京本社の売上が、3165億円。その1割300億円の売上をメディア戦略局であげよう、という狼煙(のろし)だった。

「紙」が主体の読売新聞社において、そのような号令をかける局長は初めてだったし、何よりも、それまでの局長が、放送局に出て行く前の待機ポストにいるだけの顔のない官僚だったのに対して、大久保ははっきりとデジタル戦略を見据えていた。

 当時新聞社との交渉をしていたヤフーのメディア部門の責任者だった川邊健太郎(かわべけんたろう)(現代表取締役社長)が、覚えている読売新聞のメディア戦略局長は大久保しかいない。

 この時期は、radikoの回でもふれた読売、朝日、日経のニュースサイト「あらたにす」をめぐって、読売がヤフーへの配信をやめるかどうかの瀬戸際の時期でもあった。その交渉を、「二股かけてるってことはこんな有利なことはないんだ。うちはやめたっていいんだ」とメディア戦略局で差配したのも大久保である。

 その大久保は、日本テレビに着任して1年後の2011年6月に代表取締役社長に就任する。そして翌年に発表した中期経営計画で、「500億円を原資とした新規事業投資」を決め、2014年にHuluを中核的事業として買収、民放初の有料型動画配信サービスに参入したのだった。

 しかもHuluをホールディングスの子会社にするのではなく、日本テレビの子会社とすることで、グリップをきかせた。これによって後に、スピンオフや違う結末などのコンテンツを用意することで、地上波で宣伝しHuluに導入するという流れをつくることができた。2019年3月には会員数202・8万人となり、月額1026円のHuluの収入が母体の「コンテンツ販売収入」は、2020年3月期で680億円を超えるようになる。

 日本テレビの2020年3月の売上が4266億円だから、大久保が社長になってから日本テレビは、1000億円以上もの売上を増やすV字回復だ。

 そして大久保は読売新聞ではできなかったデジタルでの売上1割を、日本テレビではHuluをてこにして達成したことになる。「コンテンツ販売収入」の売上は、社の15%を超えている。

 大久保はローカル局の問題を抱えるネット同時配信ではなく、有料サブスクモデルに集中投資をすることで、「放送」という新聞の「紙」に相当する分野の衰退を「ネット」でカバーしたということになる。その手腕は、日経が、有料電子版の成功で、「紙」の衰退をカバーして売上を維持しているのと似ている。

 大久保は隠れた才能を発掘するのもうまい。読売新聞の編集局次長時代、都内版の連載記事を書いていた清水純一を発見し「清水にはコラムを書かせよう」と言ったのも大久保だ。清水は後に読売新聞の1面コラム「編集手帳」を書く有数のコラムニストになる。日本テレビでもそうした才能の発掘をしたと聞く。

 大久保は、現在日本民間放送連盟の会長も務め日テレの代表取締役会長でもある。今回私の取材の申しこみに対して、直(じか)に丁寧な手紙を書いて断ってきた。

 今は過去を振り返っている状況でも、そういう立場でもないのだ、と言う。

「いましばらく取材はご勘弁いただきたい」

 その日が来ることを楽しみにして、今回は筆を擱(お)くことにしよう。


下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。著書に『勝負の分かれ目』『2050年のメディア』など

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