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これは、アレだな

/1 滝沢カレンは谷崎潤一郎だった!=高橋源一郎

高橋源一郎さんの「これは、アレだな」は、サンデー毎日で好評連載中です。

 <新連載>

『半沢直樹』(TBS系)はおもしろい。なんといっても、大和田取締役(元常務)の香川照之の千変万化の顔、見てて飽きないので、カマキリの着ぐるみを着ているEテレの『香川照之の昆虫すごいぜ!』(NHK)まで見るようになった。いや、すごいのは、昆虫じゃなくてアンタの方だから。あんな着ぐるみが似合う俳優は、他にジャック・ニコルソンしか思いつかない。

 ところで、『半沢直樹』を観ていて、「こんなの初めて!」と思う視聴者より、「なんか、こういうのあったよね」と思う視聴者の方が多いのではないだろうか。

 だいたい、あの大仰さは、どう考えても(テレビの)「時代劇」だ。舞台は現代の銀行だが、出てくる登場人物も、悪代官とかあこぎな商人に正義の若侍、場所もお白州とか城内に見えてくる。最後に主人公が啖呵(たんか)を切って、ハッピーエンドで終わるところは、もう完全に『水戸黄門』か『大岡越前』。そういうことは、よくあるのだ。みなさんは、そう思いませんか。「これは、アレだな」と思うことが。

空前絶後のレシピ本

 実は最近、滝沢カレンのファンになってしまった。最初はテレビで、周りのタレントたちに「四字熟語あだ名」をつけてゆくところを見て、驚愕(きょうがく)した。なんというセンスの良さなのか。もっと、カレンさんのことばを味わいたい。そう思っていたところ、ついに出版されたのが、『カレンの台所』(サンクチュアリ出版)だったのである。某ネット書店で予約注文し、手に入れ、むさぼるように読み終えた直後、思わず、わたしは呻(うめ)いたのだ。「これ、絶対、芥川賞候補にするべきでしょ」

『カレンの台所』は、料理のレシピ本だ。しかし、このようなレシピ本、空前絶後といっていいのではないだろうか。

「何をしてるんですか? 今日の台所は、私の右手にかかれば小さな自慢にもしたいハンバーグです。

 昔の掛け軸に出てきそうな山に見えてますのがハンバーグです。

 積乱雲のようにそびえ立つのは、サニーレタスです」

 これは「ハンバーグ」のレシピの冒頭の文章だ。どう考えてもレシピを超えて、文学になろうとしている。というか、こんな比喩を書けるのは村上春樹さんぐらいだろう。

 しかし、こんなことで驚いてはならない。

 カレンさんのレシピ本の文章を、ざっとご紹介してみよう。

「中華丼」さんは、こう。

「え? なに? なに? と驚いてるうちに食材たちは閉じ込められたように表情を無くします。そうなったら完成です」

「豚の生姜焼き」さんは、というと。

「本当に頭の回転がいい豚肉は変身上手に、私たちに手間をかけさせません。

 あとは野菜室に居座りがちな玉ねぎを呼んで、クラスメイトにいたら嬉しい生姜が形を集めるだけです。少人数なのに爆発的な結果を出せる、まさにクラスの人気者たちの作品になりそうです」

 さらに「グリーンカレー」に至っては。

「ぐったり旅疲れした具材たちが帰ってきましたら、追い討ちをかける平日のように、ナンプラーを具材全員を起こすくらいかけ、ココナツシュガーも同じく入れて明日に気合いを入れます。

 そして、鶏ガラスープの素を締めで入れたら、あっという間のタイ旅行の終わりです。

 置き手紙にバジルを添えたら、タイ旅行が楽しかった具材たちが山を囲む記念写真のようになります」

 もう一つおまけに「麻婆豆腐」もどうぞ。

「豆腐をお婆さんにしていくことではありません」って、知ってるよ!

「まずは油を引いたフライパンににんにくと生姜をレディファーストしてあげ、なんだか匂ってきたらひき肉塊を入れ、まな板で千切りするかのように、ガツガツとヘラで刺激してあげてください。

 ある程度の男子学校になるなという分までバラけさせたら、また刻むだけ刻んだネギを入れ共学にさせます。

 男子という名のひき肉は喜びに変わりどんどん男らしくなっていきます」

 そうなったら、次は、

「強い意志をもった教育実習の先生のような木綿豆腐を」入れるだけなのだ。

人間か具材か、具材か人間か

 わたしは唸(うな)り、同時に、「これは、アレだな」と思った。なぜなら、料理に関して、カレンさんのこの本に似たものを、どこかで読んだ覚えがあったからだ。しかし、なんだっけ? わたしは、本棚から、「料理本」「グルメ本」の名作を片端から引っ張り出し読んでみた。

 檀一雄の『檀流クッキング』は、けっこうふつうにレシピ本していて、文学的とはいえないし、開高健の『ロマネ・コンティ・一九三五年』は、とんでもない小説だが、これもちがう。池波正太郎の『むかしの味』でも内田百閒の『御馳走帖』でも北大路魯山人の『魯山人の料理王国』でもブリア・サヴァランの『美味礼讃』でもない。しかし、わたしの執念は実った。発見したのである。カレンさんのご先祖を。谷崎潤一郎の傑作料理小説「美食俱楽部」だ。

 その中に、究極の料理を味わうシーンがある。主人公が真っ暗な闇の中で待っていると、若い女が入ってくる気配があり、やがて女の手が両頰を撫(な)で、ついに指が口の中に入ってくる。

「『そうだ、明かにハムの味がする。しかも支那料理の火腿の味がするのだ。』

この判断をたしかめるために、Aは一層味覚神経を舌端に集めて、ますゝゞ指の周りを執拗に撫でゝみたりしゃぶってみたりする。怪しい事には、指の柔かさは舌を持って圧せば圧すほど度を増して来て、たとえば葱(ねぎ)か何かのようにくたくたになっているのである。Aは俄然として、人間の手に違いなかった物がいつの間にやら白菜の茎(じく)に化けてしまった事を発見する。いや、化けたというのはあるいは適当でないかも知れない。なぜかと云うのに、それは立派に白菜の味と物質とから成り立っていながら、いまだに完全な人間の指の形を備えているからである」

 谷崎さんは、人間をそのまま具材にして書いた。そして、その百年後、カレンさんは、具材をそのまま人間にして書いたのである。

 ところで、この「美食俱楽部」には、名前しかない謎料理が出てくるんですね。

「葡萄噴水」とか「咳唾玉液」とか「紅焼唇肉」とか「雪梨花皮」とか。カレンさんの四文字熟語あだ名に似てないですか。

「職業激痛」(出川哲朗)、「肉米肉米」(水ト麻美)、「美白無敵」(綾瀬はるか)。

 これも、アレ?


高橋源一郎氏=神奈川県鎌倉市で2020年2月6日、武市公孝撮影

たかはし・げんいちろう

 1951年、広島県生まれ。作家。近著に『一億三千万人のための「論語」教室』(河出書房新社)、『誰にも相談できません』(小社刊)など

サンデー毎日

サンデー毎日は毎日新聞出版から毎週火曜日に発行されている週刊誌。1922年に日本で初めての総合週刊誌として創刊されました。

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