メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

2050年のメディア

第36回 バイデン政権下で右派メディアが急伸する 米大手出版社が予測=下山進

Joe Biden;The Life, the Run, and What Matters Now By Evan Osnos 著者は2008年からニューヨーカー誌のスタッフライター。

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

 7月21日に掲載されたこの連載の第20回(8月2日号)で米国の大手出版社サイモン・アンド・シュスターの版権担当ポール・オハロランは米大手出版社はバイデン本を準備していないとし、その理由をこんなふうに述べていた。

「バイデンは、安全な候補だが、30代で上院議員に当選、ワシントンに50年近くいるエスタブリッシュメントだ。Covid−19とブラック・ライブズ・マターで、国民の怒りは燃え盛っている。そうした時にバイデンなのか、という迷いが版元の側にはある」

 当時、世論調査でバイデンは、トランプよりも10ポイントも高い評価をうけていた。にもかかわらず、当選後を見越した本をまだ準備していないと言うのだった。

 今回の開票結果を追いながら、アメリカの出版社の編集者たちの動物的なカンに、舌をまく思いだった。このような接戦になるとは、世論調査をもとにしたアメリカのどのメディアの事前予測にもなかった。

 大統領選の勝者がようやく決まった後の11月9日、ポール・オハロランとZoomをつなぎ、今回の結果とアメリカのメディアの今後について語ってもらった。

 オハロランの同僚の編集者が、バイデンの勝利を見ながらこんなことを言ったそうだ。

「トランプの時代、政治本の多くは、左の人たちの情熱によって生まれていた。それが、こんどは右翼の側に変わっていくだろう」

 オハロランは、同僚の言うことは部分的に正しいが、重要な点を見落としていると感じていた。

 サイモン・アンド・シュスターは20のインプリントを持つ巨大な出版社だ。インプリントとは出版物のレーベルのことで、編集部は独立している。元は別の版元だったものを吸収したケースも多い。

 サイモン・アンド・シュスターは、スレッショルドエディションズという右派のインプリントを持っており、そのスレッショルドは、ずっと好調だ。スレッショルドは、リベラルから「悪の枢機卿」と嫌われたディック・チェイニーや、黒人に差別的な言動をふりまくラッシュ・リンボーを著者としてベストセラーを出している。

 典型的な東部リベラルの同僚は、そうした出版物にふれてこなかっただけで、実は右派メディアは独自のエコシステムの中でずっと繁栄してきた。

 しかし、バイデンの時代になれば、それが中道の人々にも影響を及ぼすようになるだろうと、オハロランは考えている。

「ニューヨーク・タイムズやCNNがトランプの時代に急速に伸びたのは、中立性をかなぐり捨てた反トランプの姿勢にあった」

 トランプが当選する前の2015年の時点のニューヨーク・タイムズの有料電子版の契約者数は、109万4000。それが、最新の2020年第3四半期には470万に急伸している。

「今度はその逆が起こるというわけだ」(オハロラン)

 実際、バイデンの勝利がみえてくると、アプリケーションストアで、ZoomやTikTokを抜いてダウンロード一位の座を占めるようになったのがParler(パーラー)というSNSだ。Twitterは、差別的な言辞や、事実に基づかない煽動のツイートを、注釈をつけて拡散をさせないようにしているが、Parlerは「フリースピーチSNS」をうたい、そうした発言をしても、プラットフォームがアカウントを凍結したりする措置をとらない。Parlerは、デンバー大学でエンジニアリングを選考した二人によって2018年8月に始められた。トランプのサポーターたちに愛用され、一気に広まった。トランプに敗北を認めず法廷闘争を続けるように勧めている弁護士のルドルフ・ジュリアーニなど右派の大物たちが使っている。

「そうしたなかで、メインストリームのメディアはますます中立的な位置で言論を展開していくのが難しくなるだろう」

 ニューヨーク・タイムズでも、社説・オピニオン欄編集長ジェイムズ・ベネットが、社内のリベラル派のターゲットにされ、退社に追い込まれたり、昨年8月に掲載された8本の特集「1619プロジェクト」をめぐって社内に内紛が起きている。ベネットは、ブラック・ライブズ・マターの鎮静化のために軍隊の導入を呼びかけた論説を掲載し、社内の左派から激しい攻撃をうけた。「1619プロジェクト」は、アフリカから最初の奴隷がつれられてきた1619年をアメリカの真の建国の年だとする、歴史の読み替えで、ブラック・ライブズ・マターの理論的支柱となった。が、その事実見解や解釈は、右派のみならずリベラルな歴史学者からも激しい非難を浴び物議をかもしている。

ポール・オハロラン。「仕事はあいかわらず全てリモートでこなしている。3月にオフィスが閉鎖されてから荷物を一度とりに行ったきりマンハッタンには行っていない」

 当初は「多様な意見」を載せることが新聞であると主張していた社主のアーサー・サルツバーガーも、ベネットの辞任をうけいれるなど、社内の左派のTwitterなどを使った激しい抗議におされているようにみえる。

 さて、バイデン本であるが、サイモン・アンド・シュスターはニューヨーカー誌に掲載されたバイデンの評伝をそのまま本にする形で、10月27日に駆け込みで出版をした。

「バイデンが当選したが、売上はいまひとつ」

 ポール・オハロランは、右派メディアのバイデン政権下での伸長とともに、トランプが引き続き共和党内でも強い影響力をもち「キングメーカー」になると予測し、トランプに関する本は今後も出版されていくだろう、とした。


下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。著書に『勝負の分かれ目』『2050年のメディア』など

サンデー毎日

サンデー毎日は毎日新聞出版から毎週火曜日に発行されている週刊誌。1922年に日本で初めての総合週刊誌として創刊されました。

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 安倍氏は国会で虚偽説明し続けていた…「桜を見る会」前夜祭 立件可否焦点に

  2. 大阪市北区、中央区で休業・時短要請へ 27日から15日間 50万円給付調整

  3. 捜査員に知らされた姉の犠牲 「まさか路上生活とは」「理不尽」渋谷傷害致死

  4. 「ホテルの明細書あれば1000万%アウト」 桜前夜祭の野党ヒアリング詳報

  5. 安倍前首相周辺が補塡認める 「桜を見る会」前夜祭

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです