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2050年のメディア

文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた下山進氏が「2050年のメディア」を展望します。

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第39回 船橋洋一は考える シンクタンクとジャーナリズム=下山進

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コロナ対応についても、3・11の時の同様に、船橋版の本を書くのかとの問いには、「やればヒューマンストーリーが出てくる。が、きついかもしれない」と。 拡大
コロナ対応についても、3・11の時の同様に、船橋版の本を書くのかとの問いには、「やればヒューマンストーリーが出てくる。が、きついかもしれない」と。

<Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

 2012年の夏休み。近所のスーパーで買物をしていると、携帯(まだガラケー)がなった。表示を見ると「通知不可能」。

 海外からの電話だ。とってみると、朗々とした声が響いてきた。

「船橋です。下山さん、一冊の本で限界の原稿枚数ってどれくらい?」

 2010年12月に朝日を主筆で退社した船橋洋一さんからだった。船橋さんは、朝日退社後、福島第一原発事故の調査を、自分でシンクタンクを立ち上げる形でやり、その報告書を出していた。

 ワシントンからに違いない。そしてきっと、シンクタンクでやった調査を、その後も一人で続けているに違いない。今、船橋さんが言っている原稿とはそのことだ。

 そう、どきどきしながら、考え、こんなことを自分は言っていた。

「船橋さんが書くのであれば、上下巻で出してもかまいません。1500枚まで大丈夫」

 そうしてやってきた原稿が、2012年12月に刊行した『カウントダウン・メルトダウン』。結果的に上下で7万部以上売れ、翌年の大宅壮一ノンフィクション賞を受賞する。

 こんな10年近く前の出来事を書いているのは、船橋さんが理事長を務めるシンクタンク、アジア・パシフィック・イニシアティブが、新型コロナ対応・民間臨時調査会をたちあげ、10月23日に報告書を出版したからだ。

 厚労省などの現場で働いた人々から匿名の証言をつみあげ、安倍総理を始めとする政府の高官には実名のオンレコードで事実確認をしていくという手法で、今回も危機の際の政府の対応プロセスを浮き彫りにしていた。

「権力取材は魔物を取材するようなもので、下手すると、蟻(あり)地獄のようにとりこまれて身動きがとれなくなってしまう。しかし、外から見てるだけ、批判しているだけではわからない。国民が判断する材料を中に入って掘り出してきて過程の段階で提示する、それが役割だと思う。どう投票行動につなげていくかは、国民の判断にまかせる。材料をフェアに提示していくことが、信用につながり、権力へのアクセスも保証する」(船橋)

 今回、現場が、聞き取りに応じたのも、10年近く前の福島第一原発の民間事故調の仕事をよく覚えていたからだと、いう。そしてシンクタンクの場合、調査による事実の提示のあとに、「提言」をする。今回も、報告書の最後は、「総括と提言」になっており、「紙ベース」の情報の伝達が、対応への障害となったことから、「数百人単位のエンジニアの内政化」などの具体的施策を提言している。

 こうしたシンクタンクの仕事とジャーナリズムの仕事はどう違い、有機的に結びついているのだろうか?

「シンクタンクの調査では、事実認定に主眼がある。しかし、そのときにその当事者がどう感じたのか。どう思ったのか、そのドラマに興味があった。だから、報告書を出したあとも取材を続け、本を書いた」

 私に電話をしてきたあの夏は、ワシントンで、報告書にはない、米国内の海軍と国務省の事故対応をめぐる対立についてまさに取材していたのだ、という。

 船橋さんは、40代前半だった1987年に、まだできたばかりの独立系シンクタンク米国際経済研究所(IIE)で、9カ月間、プラザ合意からルーブル合意にいたる、各国の政策決定のプロセスを調査研究した。これは英語の論文として1988年に出版されるが、その日本語版が『通貨烈烈』になった。

昨年出た『シンクタンクとは何か』(中公新書)は、シンクタンクを基軸にしたジャーナリズムの展開について考えるためにも、必読の良書。シンクタンクに対する認識も一変する。 拡大
昨年出た『シンクタンクとは何か』(中公新書)は、シンクタンクを基軸にしたジャーナリズムの展開について考えるためにも、必読の良書。シンクタンクに対する認識も一変する。

 シンクタンクとジャーナリズムを有機的に結びつけながら仕事をするというスタイルは、そのとき以来のものでもある。

 実は、船橋さんが、自分でシンクタンクを立ち上げた理由は、原発事故の調査をしたいと、それとなく新聞社に聞いたが、色よい返事をもらえなかったためだった。そんなとき、シンクタンク「国際危機グループ」(ICG)の同僚理事ジェシカ・マシューズに、自分でシンクタンクを創ってしまうことを勧められたのだという。一番自由だし、付加価値がでる、と。

 シンクタンクは新聞社にとって重要だ。

 たとえば、日本経済新聞は1980年代に、総合情報化路線という革新的な経営の転換で、「新聞も出していた」会社への脱皮を始めるが、この総合情報化路線を担ったのが、1958年に社内につくられたシンクタンク、経済研究室につどった若手の記者たちだった。かれらはその研究所で、「所得倍増計画」の理論的支柱であった下村治、「もはや戦後ではない」のフレーズで有名になった経済白書を書いた後藤誉之助ら各界のエコノミストの若手と何時間でも議論をした。

 ようは、記者クラブにいて、官僚や検察官からの情報を貰って、前うちをしていることに血道をあげているだけでは、鳥瞰する視点で「解釈」をするような記事は書けないし、そうしたメディアにはなれない、ということだ。そしてそうした「解釈」の力がないメディアや記者は淘汰されていっていることは、前回、英『エコノミスト』誌の回で書いたとおりだ。

 朝日新聞は、2020年度の決算が、創業以来の約170億円の大赤字になると報じられ、社内が混乱していると聞く。

 朝日が再生するために必要なのは、SNSによる政権批判でもなく、角度をつける報道でもない。船橋洋一のような、シンクタンクとジャーナリズムを行き来する思考の大記者をもう一度時間がかかっても育てることだ。


下山進氏 拡大
下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。4冊目の著書『アルツハイマー征服』が1月8日に発売

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