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2050年のメディア

第43回 テーマを変える 『アルツハイマー征服』私はこう書いた=下山進

ワクチン療法から抗体薬につながる流れの到達点である「アデュカヌマブ」は、フェーズ3までの治験を終え、日、米、欧で承認を待っている。

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

 私の次の本『アルツハイマー征服』が先週出版された。

 今週はこの本にまつわる話。そもそもなぜ、アルツハイマー病の研究の歴史について書いたのか。

 話は2002年にまでさかのぼる。

 当時私は出版社の編集者でいながら、メディアに関する最初の作品を2冊書いたばかりのころだった。

 頭の中を去来していたのは、ノンフィクション作家の柳田邦男さんが社にきて、講演をされた時にした一つの挿話だった。

 柳田さんはNHKの在職時に、航空機事故を描いた『マッハの恐怖』で世に出る。その時に新潮社の出版部長が言ったのは「次は飛行機のことを書いてはだめですよ」という言葉。飛行機のことを書けば、航空評論家という肩書をつけられるよ。あなたはノンフィクション作家になりたいんだろう? NHKをやめることを決意して、書いた次の作品は『空白の天気図』という広島の原爆投下後に起こった台風による巨大災害を描いたもの、そういう話だった。

 そうした時にいきあたったのが、アルツハイマー病だった。

田﨑博一。90年代初頭、東京の研究者と連携し、弘前大学医学部で、アルツハイマー病遺伝子の特定に800万塩基まで迫った。現在も、病院長として診療を続けている。

 アルツハイマー病には、遺伝性のものがある。アルツハイマー病全体の1パーセントに満たない数だが、アルツハイマー病の解明は実は、遺伝性のアルツハイマー病の人たちの献身によって進んできた。

 優性遺伝で伝わるアルツハイマー病で、50パーセントの確率で遺伝し、その突然変異が受け継がれれば100パーセント発症する。しかもその発症は若年。

 その過酷な運命に取材をしながら言葉を失った。

 東北地方のある家系は、90年代に、アルツハイマー病遺伝子の発見に協力した。

 弘前大学医学部と東京の研究者の連携で、その特定に800万塩基まで迫る。

 この時の調査で、家系の人々を訪ね歩き、頭をさげて血液の提供を願ってまわったのが、当時弘前大学の医学部にいた若き医者田﨑博一(たさきひろいち)だった。田﨑は附属病院で、発症した家系の人々の主治医もしていた。

 そして私が取材を始めた2000年代初頭、サンフランシスコの医療ベンチャーにいた天才科学者が、想像を絶する方法を思いつき、アルツハイマー病研究の地平をまったく変えたのだった。

 その科学者デール・シェンクは、アルツハイマー病をワクチンによって治そうとしていた。

 アルツハイマー病は、アミロイドβというタンパク質が凝集し、老人斑とよばれる脳細胞の外にできるしみのようなものが現れて起こるということが当時わかっていた。で、あれば、その最初のドミノの1枚である、老人斑をアミロイドβの抗体によって除去できないか、と考えたのだ。

 弱毒化した病原体を人体に注射して、抗体をつくり、その抗体が新たに侵入する病原体をブロックする。

 人体にアミロイドβそのものを注射すれば、抗体ができて、老人斑を除去するのではないか?

 実際、アルツハイマー病の症状を呈するように遺伝子を改変したトランスジェニック・マウスに、アミロイドβそのものを注射すると、老人斑がきれいさっぱりと消えた。2002年当時、アルツハイマー病は治る病気になる、という熱気が研究の現場にはあった。

 しかし、この時は、うまく本にまとめることが自分にはできなかった。

 第一にアルツハイマー病の治療法の開発というのが、それほど簡単なものではない、ということがわかったことが大きかった。シェンクのワクチン「AN1792」はフェーズ2で急性髄膜脳炎という深刻な副作用を起こして開発中止、その第二世代の抗体薬も、どうなるかまったく視界不良となったこと。

 第二に遺伝性のアルツハイマー病の問題があった。治療法が遠のくにしたがい、この人々の運命もようとして知れなかった。

 これら二つの問題の見通しがある程度ついてきたのが2018年ということになる。

 2000年代の取材ファイルをひとつひとつあけて、再取材を始めた。当時取材した様々な点が線となり、大きなうねりとなっていくことを感じた。

「今は希望がある」。そう14年ぶりに会った田﨑は言った。

 天才科学者シェンクの始めたワクチン療法は、抗体薬のアプローチをとり、後に続くものたちが、「アデュカヌマブ」という根本治療薬の承認申請まで昨年後半にこぎつけたこと。日・米・欧で申請がなされ、その結果を世界は待っている状態だ。

 そして国際的な遺伝性アルツハイマー病の研究ネットワークDIAN(ダイアン)が米国から2017年に始まり、日本もそのDIANに参加をしたこと。このDIANによって初めて遺伝性アルツハイマー病の家系の人々も、アルツハイマー病治療薬の治験に入ることができるようになった。

 そのようにして私は18年越しの本をまとめることができた。

 田﨑は、今も診療の現場にたち、遺伝性のアルツハイマー病の解明と治療にとりくんでいる。


下山進氏

しもやま・すすむ

 2018年から慶應SFCと上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた。4冊目の著書『アルツハイマー征服』が1月8日に発売

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