連載

2050年のメディア

文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた下山進氏が「2050年のメディア」を展望します。

連載一覧

2050年のメディア

第55回 11億ドルの損失を『告白』した金融マンの「それから」=下山進

  • はてなブックマーク
  • メール
  • 印刷
井口俊英。アメリカでの刑期を終え、出所した直後の写真。 拡大
井口俊英。アメリカでの刑期を終え、出所した直後の写真。

 <Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

 今日(4月6日)は井口俊英さんの二度目の命日だ。

 井口俊英と言ってピンとくる人は40代後半以上の人だろう。

 1995年に大和銀行ニューヨーク支店巨額損失事件という出来事があった。

 大和銀行は当時有数の都市銀行で、日本の金融機関はこぞって海外進出をしていたその例にならい、大和銀行もニューヨーク支店をもっていた。

 そこで米国債の凄腕トレーダーとして名をはせていた井口さんは、実は11億ドルの損失を自分のポジションに抱えていた。そのことを頭取宛の告白状によって「告白」し、事件は表沙汰になった。

 井口氏は米司法当局によって逮捕され、大和銀行は米国から追放の措置をうける。この事件によって日本の都市銀行や地方銀行が次々と米国から撤退し、大和銀行は、国際化の夢をたたれ、後にあさひ銀行と合併、りそな銀行となり、その名前は消えた。

 当時は、日本のメディアのニューヨーク支局のみならず、銀行担当の金融記者、事件記者がこぞっておいかけた事件だった。

 私はコロンビア大学ジャーナリズムスクールから93年に帰ってきて、1年後には出版のノンフィクション担当に異動になっていた。ジャーナリズムスクール時代にアメリカではインメイト番号(囚人番号)がわかれば、拘置所がわかり、手紙をいれられることを知っていた。そこでインメイト番号を入手し、マンハッタンのワールドトレードセンター近くにある拘置所に東京から手紙を書いた。

 日本の新聞記者が、全員、弁護士のところに行って、インタビューや手記を依頼していた時に、直接本人に手紙をいれたのは、私とウォール・ストリート・ジャーナルの記者だけだった。

 しばらくして、当時住んでいた馬込のアパートにエアメールが届いていた。井口氏からだった。こうして、マンハッタンの拘置所で、一日に数ページずつ鉛筆で書いた手記が送られてくるようになった。

『告白』の出版は、ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルなどの米国の一流紙が大きく伝えた。TIME誌アジア版(1997年2月10日号)はカバーストーリーで、抜粋を掲載。 拡大
『告白』の出版は、ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルなどの米国の一流紙が大きく伝えた。TIME誌アジア版(1997年2月10日号)はカバーストーリーで、抜粋を掲載。

 『告白』として出版されたのは1997年の1月。「収監されて数日後、私は万一自分の身に何かあった時のことを考えて家族のために自分の半生記を綴っておこうと思い、丸くなった鉛筆を窓枠の尖った部分で削りながらこの手記を書き始めました」

 と始まるこの手記は、日本金融の国際化の墓碑銘として広く読まれた。

 井口さんには書く才能があった。私は手記を担当した編集者として彼のその後の人生が作家として展開できないものか、と考え、『刑務所の王』『陰謀のドル』と2冊の本をつくった。刑期を終え、出所して帰国した井口さんを文芸の編集者に紹介したりもした。

 が、作家になるというのは、継続して様々なテーマをほりさげ書き続けるということだ。そうした能力はなかったのだろう。しだいに連絡は途絶えていった。

 時折、マスメディアから、回顧ものの取材で連絡をとってほしい、とあると本人にメールをしてその近況が知れるという具合だった。作家になることをあきらめた井口さんは、神戸で英語の教材の会社を英会話学校と一緒に始めていたりした。しかし、ここでも、あの「大和銀の井口」ということがわかると、金融機関は、融資の話を帳消しにし、資金ぐりに苦労していた。

 肺ガンになったため暖かいフロリダの地に移住する、と連絡をうけたのは、4年ほど前だったか。

 そして、毎日新聞の問い合わせがあり、井口さんにメールを送ったところこんな返信がきたのが2019年3月19日。私が文藝春秋を退社する直前のことだった。

「お久しぶりです。今は、フロリダ州最南端のネープルズという街に住んでいます。家内が富裕層を相手にしたファンドのマネージャーをしている関係でここにいます。どこにいても、私はもう退職をしたただの男ですので RETIRED BANKER 以外の肩書きはありません。もちろん、今となればDAIWA BANKという固有名詞を知っているアメリカ人すらいないでしょうから、ようするに我々の人生は何だったのかというところですね」

「私の生命がいつまで持つかは極めて不透明です」

 夫人と名乗る女性から英語のメールが届いたのは、それから3週間もたたない、4月7日のこと。すでに私は文藝春秋の編集者ではなかった。「あなたの友人だったトシは、昨日の朝早くに亡くなりました。鼓動がだんだんとゆっくりとなり、息をしなくなるその最後の時も、私は彼の手をとって一緒にいました」

 ステージ4と宣告されてから8年目だった、とそのメールにはあった。

 夫人となっていたのは、『告白』でソウルメイトとして描かれていた「明美」さんではない。白人の女性だが、夫人と写真に写る井口さんは幸せそうだった。

下山進氏 拡大
下山進氏

 しもやま・すすむ

 ノンフィクション作家。元慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授。上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。4冊目の著書『アルツハイマー征服』が発売中

あわせて読みたい

購読のお申し込み
申し込む