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2050年のメディア

文藝春秋で長くノンフィクションの編集者を務めた下山進氏が「2050年のメディア」を展望します。

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第67回 朝日・毎日 購読料値上げ 新聞販売店は今=下山進

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宮城勝人。119名を全て正社員で雇用している理由を「希望をもって働けるような職場にしたいと思ったから」と。新聞販売店のなかに、白洋舎から受けているクリーニング店もある。 拡大
宮城勝人。119名を全て正社員で雇用している理由を「希望をもって働けるような職場にしたいと思ったから」と。新聞販売店のなかに、白洋舎から受けているクリーニング店もある。

<Susumu Shimoyama “MEDIA IN 2050”>

 朝日新聞系列の新聞販売店ASA西船橋を経営する宮城勝人は、窮してしまった。

 本社に、新聞の卸代金を入金するのが、月末。そうすると手許に現金がぎりぎりしか残らない。毎月10日は、新聞配達をしてもらっている従業員9名への給料の支払いがある。

 夢にまでみた独立から、わずかに2年半の、2018年10月のことだった。

 とにかくお金に追われている。2000部ほどの部数をもっていた店だったが、購入と同時に部数がどんどん減り始め、まず新聞販売だけでは、従業員の給料が払えなくなってきた。そこで、折り込み広告の収入を従業員の給与にまわしたのだが、その折り込み広告が、みるみるうちに減っていった。

 妻と店をたたむことも相談した。

 自分が配達員や店長で働いていた2000年代、オーナーがお金に困っているとは到底思えなかった。羽振りはよかった。それが、厳しいとは思っていたが、事業継続が危ぶまれるほどとは!

 宅配業の一次下請けの会社の説明会に行き、宅配は届ければ届けるだけお金になるということを知った。藁(わら)にもすがる気持ちで、二次下請けになった。

 が、新聞配達をしている配達員に、片手間でこの仕事を頼むわけにはいかないということもすぐわかった。朝決まった時間に、決まった家に新聞を届けるのと、配達先が毎回かわり、在宅を確認して印鑑をもらって配達品を渡す宅配業は似て非なるものだ。新聞配達は誤配も月に一軒程度であれば、優秀な店だとされる。しかし、宅配では、ひとつたりとも許されない。

 だから、自分がやることにした。毎日、20~30の荷物をデポにとりにいき、配達する。そうすると日給1万4000円が貰える。月で30万円ほどになる。この振込が5日にある。これがありがたかった。本社に新聞代を納入して、10日の給料支払いの間に収入があることが大きかった。

 宮城の丁寧で手際のよい仕事ぶりは、元請けの目にとまり、もっと仕事をうけてくれないか、となった。そうか、新聞の部数が減っていくならば、宅配を広げるという手がある。

 このようにして、佐川急便、ヤマト運輸、アマゾン、アスクルといった大手の宅配の一次下請けとなり、事業を拡大した。

 コロナ禍で、宅配の仕事は急速に増えた。今では、宮城の経営する会社の売上のうち新聞販売業の売上は、全体の2割程度。他にも出前館の配達の仕事も受注し、従業員の数は119名に増えた。全て正社員での雇用だ。所有する軽トラックの数は94台。

 日本の新聞の総発行部数はこの10年で4932万部(2010年)から3509万部(2020年)へ。新聞販売店の収入の柱だった折り込み広告の総売上はこの10年で5279億円(2010年)から2525億円に半減した。

 そうしたなかで、なんとかこの流通網を残そうと懸命に変化する新聞販売店がある。宮城はそうした経営者の一人だ。

 宮城は、宅配や、デリバリーは新聞販売業とまったく別系統で運営しなければならないことから、昨年10月からクリーニング業も始めている。クリーニング業であれば、地域の人たちと触れ合う機会が持て、たとえば新聞をとってくれたらば割引をするなどのシナジーがきくのではないか、というアイデアからだ。

 宮城には、朝日新聞本社は「迷走している」としか思えないことがある。「販促費のない今、中身で売っていくしかない時代に、読売のように紙でいく、日経のようにデジタルでいくといった確固とした姿勢がない」

 宮城は、静岡の高校を卒業したあと、新宿でキャバクラのスカウトをやったり、闇金の従業員をやったりとふらふらしていた。それを救ってくれたのが、新聞販売店での労働だった。 21歳のある日「このままではいけない」とフロムAでみた正社員募集の求人広告に応募し、新聞販売店の従業員になったのだった。

 妻は、自分が新聞販売店で住み込みで働き始めた時に知り合った女性だった。毎日通っていた定食屋に、家族できていた。銀行に勤めていた。結婚するとなった時、妻の両親は猛反対した。「新聞配達員に娘をやれるか」ということだった。

 それでも彼女は、一緒になってくれ、出産を機に銀行を辞めた。以来、三人の子供は、新聞販売店で働くことで育ててきたのだった。

 独立をして店を経営するようになったのが、2016年4月。

 宮城は、今でも「何をやっているのですか?」と聞かれれば、胸をはって「新聞販売業だ」と答える。朝日の看板の信用があって、大手の宅配業者との仕事も受注できたと思っている。そして新聞は、様々な付加価値をつけていくことで、今後も存続していけると信じている。

 その付加価値は地域社会とのつながりにあるのではないか、そう考えた別の新聞販売店店主が世田谷区用賀にいた。彼は、2005年に朝日新聞販売局の局長に、「IT(デジタル)社会に統合できるASAを求めて」という、建白書を提出している。

 そこには新聞の価格帯、販売方法、商品内容に「ドラスティックな変革がなければ」として今日の事態をほぼ予想する「最悪のシナリオ」という未来年表があった。

 朝日新聞、毎日新聞は、宅配の購読料を7月1日から値上げした。両社ともに宅配網の維持が難しくなってきている。

 次週はその用賀の店主の話をする。


下山進氏 拡大
下山進氏

しもやま・すすむ

 ノンフィクション作家。元慶應義塾大学総合政策学部特別招聘教授。上智大新聞学科で調査型の講座「2050年のメディア」を開く。4冊目の著書『アルツハイマー征服』が発売中

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