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「足の痛みはどうだい」。千葉大学医学部付属病院(千葉市中央区)の糖尿病・代謝・内分泌内科の診察室。横手幸太郎教授(54)が車いすに乗った「ウェルナー症候群」の男性患者(60)に尋ねた。実年齢に比べ急激に老化が進む「早老症」を代表する遺伝的な疾患で、男性は、特徴的な症状であるアキレスけんの石灰化による痛みに苦しんできた。ただ、この日は「そんなに(痛みは)ないですね」と男性。横手教授は「それが一番」とうなずいた。
ウェルナー症候群は1904年にドイツの医師によって報告された。脱毛、白内障、糖尿病といった症状が若い時期に表れ、がんや動脈硬化などの合併症にかかり死亡する例が多い。同大は80年代に研究を開始。丁寧な治療で40代半ばだった患者の寿命が現在は50代に延びた。国内で唯一、患者登録を行い、全国の症例調査を通して2012年に国際的な診療ガイドラインを四半世紀ぶりに改訂。世界初のアキレスけん石灰化による診断基準も盛り込んだ。患者とともに国に働きかけ、15年に難病指定された。
横手教授によると、各国でこれまで報告された症例の約60%は日本人。国内患者は現在200~300人だが、実際にはその10倍程度と推定される。認知度が低く、他の病院では原因が分からないケースもあり、同病院で治療を受けられることになった患者が涙を流したこともあった。横手教授は「患者さんは我々が思っている以上につらい。病名が独り歩きする。きちんと研究されている病気なので安心して治療してほしい」と話す。
同病院には熊本や静岡など各地から13人の患者が通う。市原市の須賀幸枝さん(63)は約30年前に足の裏が痛くなり、さまざまな病院で受診したが、00年に同病院でウェルナー症候群と判明。糖尿病も発症していたが投薬で悪化は食い止めた。「横手先生に会わなければ死んでいたかもしれない」と感謝する。同病院は「患者家族会」にも協力。最新の研究結果を提供し、患者から得た情報を研究に生かしている。
現在は症状ごとに薬を処方し、発症しやすい合併症の早期発見に努めているが、老化の進行を抑える薬はない。ただ、14年に広島大学などとの共同研究で、患者の皮膚細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)の作製に成功。これを利用し老化のメカニズムを調べ、新薬のスクリーニングも計画している。横手教授は「老化の謎が分かれば、人の健康寿命を延ばせる可能性もある。患者さんも待っている」と話す。【信田真由美】
千葉大学などが2012年に作成したウェルナー症候群の診断基準
主要兆候(10歳以後、40歳まで出現)
・白髪、脱毛
・白内障
・皮膚の萎縮・硬化、難治性潰瘍形成
・アキレスけんなどの石灰化
・鳥様顔貌
・甲高いしわがれ声
その他の兆候と所見
・糖、脂質代謝異常
・骨粗しょう症
・非上皮生腫瘍または甲状腺がん
・早期に表れる動脈硬化など
遺伝子変異
※確定=主要兆候全部、もしくは三つ以上に加え遺伝子変異を認める場合