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いのち追う 「自死」と仏教の関係 野呂准教授が講演

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仏典に自死がどのように書かれてきたかを説明する野呂靖さん 拡大
仏典に自死がどのように書かれてきたかを説明する野呂靖さん
野呂靖さんの専門分野を紹介する資料 拡大
野呂靖さんの専門分野を紹介する資料

 「自死で亡くなった故人は往生できたのか」。僧侶が自死遺族から相談された内容で最も多かった「問い」だった。

 龍谷大文学部准教授、野呂靖さん(39)が9月11日、福岡市で講演した際、明らかにしたアンケート結果。浄土真宗本願寺派(西本願寺)の全寺院(約1万寺)を対象に2008年、実施され、3割近くが回答した。その中で、「死にたいという相談を受けたことがあるか」の質問に2割弱が「はい」と答え、具体的には5割強が、この「往生」について聞かれていた。

 自死遺族らからの電話相談でも「『亡くなった方はどうなったのか』という質問がとても多い」と話した野呂さん。「自殺について仏教の教義をいくら勉強をしても、現場の相談業務には関係ない。現実はもっとシビアだ」と批判されることがある。しかし、相談内容からも僧侶が自殺問題と接する際、「教義をどれだけ理解しているのかが重要」と考える。自死遺族らが「知りたい」と思っている内容に対応するには、むしろ教義の理解が欠かせないと思う。

 教義は自殺(自死)をどのように説明しているのか。野呂さんの講演はそのことに踏み入っていった。

 「データ化されているお聖教(しょうぎょう)(釈迦の説いた教えを含む仏典)の中から『自死』や『自殺』という事例を検索すると、中身での重複はあるとしても1000件以上ヒットする。仏教で自殺を考える上で、このことが実は大きな意味があると思う。つまり、少なくとも仏教の教えの中では、自殺は隠されるものではなかった。もし、自殺がタブー視されるべきものであるのなら、そもそも書かれないからだ」。では、自殺は仏典などにどのように記述されてきたのだろうか。

戒律の視点では対象外

 「インターネットで『仏教』と『自死』や『自殺』を組み合わせて検索すると、自殺は『戒律』に反している。中でも『不殺生』の戒律に反していると出てくる。不殺生は人や生き物を殺してはいけないというもの。だが、自殺は本当に不殺生に反しているのだろうか。結論から言うと、私は全くの誤りだと考えている」。野呂さんは一気に話した。

 「戒律は出家者らがどういう生活をすべきかを定めている。その中でやってはいけないものとして、盗みやうそなどとともに殺生が上がっている」。そしてそれらを説明している書「四分律」について解説した。

 四分律の中では、人の命を断つという殺生は、「故意に他者の命を奪うことと、故意に刀をもって(死を)他者に与えること、故意に死を勧めることの3点で、自死についての言及は存在していない」。

 「戒律は他人同士のトラブルを未然に防ぐもの。自らの命を自らが断つという行為は、そもそも戒律では対象外だ」。さらに四分律以外の書物の例も示しながら、自殺と不殺生を結びつける発想を否定した。

 「戒律の視点からみれば、自殺という死に方はダメであると、明確にしているものは、東アジアの主要な解釈の中では出てこない。これが私も含め、最近の研究者の考えだ」とまとめた。ところで戒律ではなく、仏教の教えとして自殺はどう捉えられているのか。そこに話は進んだ。

死に方は悪に該当せず

 野呂さんは仏典の中に出てくる、難病を苦に自死した弟子と、釈迦とのやり取りなどを紹介し、「死ぬ瞬間がどうかではなく、どういう風に教えを聞き、生きてきたのか。仏教は生き方を大事にしている」と述べた。一方で、ネット上などでは「仏教と自死を検索すると、戒律に反し『悪』としているものがある」と改めて指摘。「そうすると、仏教でいう悪とは何なのか」と、講演に聴き入っている僧侶ら約20人に語りかけた。

 そして「仏教における『悪』とは、迷いの世界(輪廻(りんね))をいつまでも流転し、涅槃(ねはん)へ至る道を妨げる、心身の行為。そうですね」。会場の僧侶に仏教の原点を思い出させ、「死に方は悪に該当しない」ことを強く訴えた。

 結局、「自殺は悪か善かという議論があるが、これまで話した通り、この議論は仏教の教えからは、ずれていることを、確認しておく必要がある」。冷静な口調で整理した。

 さらに自死した人間が地獄に落ちると読めるような、有名な仏典を引用。これも正確に解釈すれば、「死に方が原因になって地獄に落ちたと述べているのではなく、根本的な煩悩から離れられていないという『生前の行い』が問題と述べている」と説明した。

 前回の連載で紹介した、自死遺族が通夜や葬儀の法話で、僧侶から「自殺は許されないことだから地獄に落ちる」と言われたいう話。遺族は親しい人を自死で失った衝撃に加え、こういう発言で激しく傷ついている。だからこそ、当事者である僧侶に自死について正確な教義を知ってほしい。その思いが野呂さんの講演に熱を帯びさせていた。【玉木達也】

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