大学倶楽部・学習院大

宮廷装束、文様の歴史 非常勤講師の田中氏が講演 有職織物紹介

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講演する学習院大非常勤講師の田中潤氏(中央奥)

 旧公家の山科家邸宅だった旅館「源鳳(げんほう)院」(京都市左京区岡崎法勝寺町)でこのほど、学習院大非常勤講師の田中潤氏が「江戸時代の山科家と有職(ゆうそく)織物」と題して講演した。朝廷で宮廷装束の調進(調達)や着装(着付け)を担った「衣紋道(えもんどう)」の二つの流派、山科流と高倉流の歴史や違いなどを紹介。故事などに基づき、文様や色目に意味がある有職織物について「文様の有無や、文様が動物か植物かで(身分の)上位、下位が分かる」と解説した。

 公家社会で用いられた装束について「律令という法律に規定された『制服』」と説明。装束には多様な記号性、象徴性、時代の好みが反映されており、「着用者の身分・官位を可視化する機能があって強い政治・社会性を持った」と語った。

 具体例として、文様は無文より有文、植物文より動物文を使った方が「身分が高い」と説明。天皇の束帯の上着「袍(ほう)」には想像上の動物の鳳凰(ほうおう)や麒麟(きりん)の文様があるとした。1尺(約30センチ)四方の生地の重さにも意味があり、重い方が貴重な絹を多く用いているため高位の証しだという。

 衣紋道に関しては「近世は山科家が禁中(宮中)、高倉家は仙洞(上皇)と(徳川)将軍方の調進が基本だった。室町時代装束の着装は大炊御門家に代わって高倉家が継承し奉仕した。縫製調進を主とした山科家は着装を高倉家から伝授された」と解説した。

 講演会は2020年に源鳳院が築100年を迎える記念企画で3回目。10月21日にあり、約60人が参加した。【中津川甫】

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