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大学倶楽部・立命館大

尾上松之助 日本の映画、最初のスター 写真1500点など公開へ アーカイブ化進む

 日本映画の最初のスターで「目玉の松ちゃん」と呼ばれた俳優、尾上松之助(おのえ・まつのすけ、1875~1926年)が残した写真資料などを、ウェブ上で誰でも無料で見られるようにしようと、「尾上松之助遺品保存会」と立命館大アート・リサーチセンター(京都市北区)がデジタルアーカイブ化に取り組んでいる。一昨年5月から始め、今年6月にはブロマイドの絵はがきなど約350点、昨年12月には松之助の集大成ともいえる1926年の主演映画「忠臣蔵」の記録写真など約250点の画像を公開した。

    尾上松之助の資料を説明する遺品保存会の松野吉孝さん(右)と、京都映画芸術文化研究所の太田米男さん

     「保存会」代表の松野吉孝さん(66)は京都市下京区で仏具店を始めた4代前の先祖が松之助と親しく、双方が子や孫に代替わりしても家族ぐるみのつきあいをしていた縁で、写真だけで1500点超という松之助の遺品を託され、2013年から整理に乗り出した。

     松之助は岡山市生まれのほぼ無名の旅役者だったが、「日本映画の父」と呼ばれる牧野省三(1878~1929年)に見いだされた。1909年、牧野が経営する劇場の裏手、千本一条にあった寺の境内で初めて「活動写真」の撮影に臨む。大きな目をむいてみえを切る姿が人気を博し、旧劇(時代劇)のスターとして1926年に50歳で没するまで、17年間で1000本を超す作品に出演したとされる。

     3000人が参列した葬儀は京都市が始まって以来の規模と言われたが、没して3カ月後に時代は昭和に変わる。「名コンビ」を経てたもとを分かった牧野は阪東妻三郎や片岡千恵蔵ら新しいヒーローを誕生させており、俳優も映画も刷新されていく中で松之助は忘れられていった。

     松野さんは「京都で映画がどう始まったのか、映画史を振り返ってみたいという人がいつか出てくる。90年にわたり遺族が守り継いできた資料を次代に継ぎたい」と話す。

     牧野作品の研究者からデジタル保存という方法を打診され、立命館大の同センターのサイトに「目玉の松ちゃん・尾上松之助 活動写真デジタル資料館」が開設された。古物市場での新資料の収集にも取り組み、画像データに説明文を書き添える作業も膨大だが、「2026年の没後100年、あるいは25年の100回忌までにはデジタル化を終えたい」という。【南陽子】

    立命館大

    公式HP:http://www.ritsumei.jp/
    所在地:〒604-8520 京都府京都市中京区西ノ京朱雀町1
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