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大学倶楽部・国学院大

福岡・佐賀で出土の硯 紀元前の国産か 柳田客員教授が調査 

福岡県糸島市の潤地頭給遺跡で出土した工作用の石鋸(上2点)と石製硯の未完成品(下)=柳田康雄さん提供

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 弥生時代中期中ごろから後半(紀元前2世紀末~前1世紀)に石製の硯(すずり)を製作していたことを示す遺物が、北部九州の複数の遺跡にあったことが、国学院大の柳田康雄客員教授(考古学)の調査で明らかになった。国内初の事例。硯は文字を書くために使用したとみられ、文字が書かれた土器から従来は3世紀ごろとされてきた国内での文字使用開始が300~400年さかのぼる可能性を示す貴重な資料となる。

 硯の遺物が見つかったのは、潤地頭給(うるうじとうきゅう)遺跡(福岡県糸島市)=前2世紀末▽中原遺跡(佐賀県唐津市)=同▽東小田峯遺跡(福岡県筑前町)=前1世紀=の3遺跡。既に出土していた石製品を柳田客員教授が再調査したところ、末広がりになる形状の薄い板で、表が磨かれ裏が粗いままという硯の特徴を示しながら、仕上げがされずに破損したものがあり、未完成品だった。

 墨をつぶす研ぎ石の未完成品や、石材を擦って切断する道具・石鋸(いしのこ)も確認され、現地で硯が製作されたと判断した。

 中国での硯の使用開始は戦国時代末(前3世紀)で、前漢時代に長方形の板石製が普及し始める。日本の弥生時代の硯は北部九州を中心に近年相次いで確認され、文字の開始を早める資料として注目されたが、国産かどうかは不明で、古くても年代は1世紀ごろまでだった。

 今回はさらに100年以上早くなるうえ、中国の板石製とほぼ同年代に国産の硯が作られていたことになる。

 柳田客員教授は「倭人(わじん)(当時の日本人)が使っていたとしか言いようがない。硯は文字の需要があったから作った。地元産の石を用いた可能性がある。中国製を模倣しつつ独自の形状をしており、国産化する際にモデルがあったのでは」と話している。【大森顕浩】

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