ユニバ・トーク

10月30日 自力通勤は当たり前

 1992年12月、当時僕が所属していた点字毎日部のあった毎日新聞大阪本社がそれまでの堂島社屋から大阪市北区西梅田にある新社屋に移転した。今でこそ地下道も整備され、堂島時代以上の繁華街になっているが、移転間もないころは、歩いて10分ほどかかる大阪駅から社屋ビルまで歩道も十分に整備されておらず、大型トラックが激しく出入りする中を縫って歩くような状態だった。

     移転を1カ月後に控えたころ、目の見えない僕の自力通勤を気遣ってくれた仲の良かった同僚が「昼食の帰りに新社屋までのルートを学習しよう」と申し出てくれてとても心強く思った。正直、未知の通勤ルートをすぐに克服できるのか不安でいっぱいだったからだ。するとそれを聞きつけた所属部長に「通勤ルートの歩行訓練をするなら勤務時間でなく、休日にガイドヘルパーを頼んで自分で解決しなさい」と指示された。

     中央省庁の障害者雇用水増し問題に続いて、今度は財務省などの「自力通勤」など障害者の雇用条件が差別的として問題化している。だが本当にそうだろうか? 「同等の報酬で健常者と同じように障害者にも働く機会を与えよ」と訴えるなら、障害者もお客様扱いではなく、健常者と同じように働くことが求められるはずだ。「一人で通勤できないから介助者に送り迎えをしてほしい」「勤務中は介助者が付き添うように」というのは果たして健常者と同等の労働になるのだろうか?

     26年前、点字新聞の部長から言われた時は、「こんな冷酷な人間が点字新聞を預かる資格があるのか」と憤った。だが彼のおかげで、周囲の健常者に甘えながら仕事をする障害者ではなく、障害の有無に関わらず対等に仕事のできる人間に育てられたような気がする。正しい共生社会は決して障害者を優遇する社会ではないと思う。【岩下恭士】