ユニバ・トーク

1月11日 ハティクバ

「レミファソラーラー、シ(フラット)ラシ(フラット)レラー」

     冒頭のもの悲しいメロディーラインの中に、どことなく日本の演歌に通じるものを感じるイスラエル国歌を初めて聴いたのは1997年12月のことだ。当時は、会社を休職しカナダ・バンクーバーに留学していた。

     クリスマス休暇の期間中は、学内にとどまる留学生がほとんどいなくなる。「僕でも参加できるようなイベントがあったら教えてください」と学生寮のコーディネーターに頼んでみたものの、そこはセント・アンドリュース派の敬虔(けいけん)なキリスト教徒が集まる寮。「クリスチャンだったら喜んで誘うんだけど」と遠回しに断られてしまった。

     そんなとき、突然電話がかかってきた。バンクーバー在住のユダヤ人コミュニティーに属する女性からのパーティーの誘いだった。「私たちユダヤ教徒はクリスマスはしません。でも、ハヌカというイベントがあります。異教徒でも大歓迎です」と言われ、喜んで出かけていった。

     当日、案内されたシナゴーグ(ユダヤ教会)には、30人くらいの男女が集まっていた。質素ながらも料理が振る舞われ、バイオリンとギターの伴奏で、みんなで厳かに歌を歌った。ヘブライ語で「希望」を意味するこの曲がイスラエル国歌だということを知ったのは、帰国してからだ。

     「何を勉強してますか?」「どうしてカナダを選んだのですか?」。ハヌカの会場にいた全員が熱心に話しかけてくれた。ロースクールで勉強中という男性は「卒業したら弁護士になるつもり」と楽しそうに話していた。20年も前の話だ。あの時の参加者たちは今、どうしているだろう。【岩下恭士】