HIVは「死に至る病」ではない

川田龍平・参院議員
川田龍平氏=伊藤奈々恵撮影
川田龍平氏=伊藤奈々恵撮影

 HIV(ヒト免疫不全ウイルス)感染の告知を受けたのは10歳の時だった。その頃は34年後の今、こうして生きているとは考えられなかった。

 さまざまな薬が開発され、HIVに感染しても長く生きられるようになった。薬を飲んでいればウイルスは、血液から検出されないほどにまで量が減る。人に感染させることもない。

 以前は1日5回薬を服用しなければならなかった。薬によっては副作用で腎結石ができやすく、防止のため水を1日2~3リットル飲んでいた時期もあった。今は1日1回1錠の薬で、ひどい副作用もない。体調がよすぎて、薬を飲むのを忘れそうになるほどだ。でも薬を飲むのをやめるとまたウイルスが出てくる。やめることはできない。

訴訟で確立された治療体制

 薬害エイズ訴訟の和解(1996年)で、HIVの治療体制は大きく変わった。それまで治療を受けることができるのは、一部の大学病院などに限られていたが、全国にブロック拠点病院ができ、治療できる施設が広がった。医療費の助成制度も利用できるようになった。HIVの薬は高価だ。それが使えるのも保険適用や助成制度があるからだ。薬や治療法があっても、そこまでたどり着けなければ、利用できない。裁判で国に責任を認めさせ、和解協議でHIV治療体制の確立を約束させたことは大きかったと思う。

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参院議員

1976年生まれ。「薬害エイズ事件」の東京HIV訴訟原告団。未成年者のHIV感染者として日本で初めて実名を公表。2007年参院初当選。食の安全・安心を創る議員連盟事務局長。立憲民主党。参院比例代表、当選3回。