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彼女が出てくると韓国の「報復政治」は変わるのか

坂口裕彦・ソウル支局長
朴槿恵前大統領の写真を掲げた保守系団体の横断幕=ソウル市内で12月18日、坂口裕彦撮影
朴槿恵前大統領の写真を掲げた保守系団体の横断幕=ソウル市内で12月18日、坂口裕彦撮影

 「あなたが、彼女の解放を遅らせれば遅らせるほど、あなたもまた、同じような目に遭うことになるのではないか」。

こう語りかけた元首相の一言に、背筋が寒くなったのは、同じ民主主義国家とは言え、日本とはずいぶん違う「政治風土」を不気味に感じたからだ。

 「あなた」とは、来年5月に任期切れを迎える韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領のこと、そして「彼女」とは、自身が仕えた朴槿恵(パク・クネ)前大統領のことだ。

 12月2日、ソウル中心部に位置するビルの一室で、保守系団体が開いた集会に足を運んだ。「皆さん、朴槿恵前大統領が、一日も早く自由の身になるように力を合わせましょう」と呼びかけたのは、朴政権下で2015年から約2年間、首相を務めた黄教安(ファン・ギョアン)氏。来年3月の大統領選で、政権奪還を期す保守系の最大野党「国民の力」の前身である「未来統合党」で代表をつとめた人物だ。

 13年に大統領に就任した朴氏は、親友の国政介入を許したなどとして、17年3月に弾劾裁判で罷免され、1期5年の任期半ばで失脚した。同月には財閥グループから多額の賄賂を受け取った収賄や職権乱用などの疑いで逮捕され、その後、懲役計22年の判決が確定。69歳の朴氏は、これまで4年9カ月、収監されている。

 そしてクリスマスイブの24日、文氏は、朴氏に対する恩赦を発表した。これまでの経緯を踏まえると、まさに「電撃的」な発表だったといえる。

報復の連鎖

 朴氏と同じく保守系の李明博(イ・ミョンバク)元大統領(在任08~13年)も18年に巨額の収賄容疑で逮捕され、懲役17年の判決が確定して収監されている。80歳の李氏は、このままでは90代前半まで服役予定。存命の大統領経験者のうち、実刑判決を受けていないのは、現職の文氏しかいない。

 大統領経験者が退任後に過酷な目に遭うことは、保守と革新の政治勢力が激しく対立する韓国では珍しいことではない。政権交代が起きれば、保守政権であろうが、進歩政権であろうが、旧政権を全面否定し、当時の関係者を断罪することが繰り返されているからだ。

 文氏が近い関係にあった進歩系の盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領(在任03~08年)も、保守系の李政権となった後の09年、不正資金疑惑で検察の事情聴取を受けた後、岩山から飛び降りて、自ら命を絶った。

 それにしても、元国家指導者が、とらわれの身になったり、自殺したりするというのは、民主主義国家としていかがなものなのか。複数の韓国人の知人が異口同音に「私利私欲で、多額の金を自らの懐に入れた李明博は論外。でも、朴槿恵は単に能力が不足していただけではないか」というのを聞いた。

 しかも、腰痛などが悪化している朴氏は11月22日に今年3回目となる入院もした。テレビ映像で紹介される最近の表情はさえない。そんなこともあり、朴氏の解放を訴える支持者が開き、黄氏も出席した集会へと足を向けたのだった。

赦免の声が盛り上がらなかった理由

 それでも、李氏や朴氏が「自由の身」となる機運は盛り上がっていなかった。韓国ではクリスマスに合わせて大統領による恩赦や仮釈放が慣例として行われるが、聯合ニュースは12月7日、文氏が、李氏と朴氏を年末年始の恩赦対象から外していると報じていた。

 文氏は5月に「2人は高齢で、健康状態も良くないと聞いている。国民の統合に与える影響や司法の正義と公平性、国民の共感も考えて判断したい」と表明した。しかし、文氏は、朴前大統領の弾劾を求めた「ろうそく集会」に参加したことで、国民の支持を広げて、大統領への道を駆け上がった。…

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ソウル支局長

1998年入社。山口、阪神支局、政治部と外信部のデスクなどを経て、2021年4月から現職。19年10月から日韓文化交流基金のフェローシップで、韓国に5カ月間滞在した。著書に「ルポ難民追跡 バルカンルートを行く」。