プーチン氏の誤算を招いた「Gゼロ」の世界

イアン・ブレマー・国際政治学者
ロシアのプーチン大統領=スプートニク、ロイター
ロシアのプーチン大統領=スプートニク、ロイター

 私たちは今、私が「Gゼロ」と呼ぶ世界にいる。世界規模のリーダーシップが不在の世界だ。こうした状況を見て、ロシアのプーチン大統領は、どこからもとがめられることなく行動できると信じてウクライナを侵略した。

 私はプーチン氏がウクライナを侵略するだろうと予期していたが、全土を侵略するとは思っていなかった。全土を占領するのにロシアが十分な軍隊を持っていなかったことと、ウクライナのゼレンスキー大統領を排除すれば、欧米がより強い反応を示すことが予想されたからだ。しかし、プーチン氏は見誤った。

 北大西洋条約機構(NATO)は拡大しており、ウクライナが欧州連合(EU)に加盟する可能性がある。プーチン氏にとって恐ろしい事態で、交渉による解決を受け入れるのは難しいだろう。非常に危険な状況だ。

身動きが取れなくなっている

 核兵器使用の可能性は、非常に低いがゼロではない。ウクライナ側が領土を奪還し、ロシア軍幹部が士気を失い始めた場合、ロシアが化学兵器を使用する可能性が高まるだろう。その一歩先に、戦術核を使用するという決断があると思う。そうなれば、ロシアから欧州へのガス供給は即座に断たれ、ロシアはより一層孤立し、事態はより深刻になる。

 重要なのは、米国と日本を含む全ての同盟国が対露制裁として世界経済に前例のない厳しいコストを課すと決意したことだ。プーチン氏は大きな誤算を犯したことで、身動きがとれなくなっている。制裁は10年間は続くだろう。

 日本経済やロシアに投資してきた日本企業もその代償を負う。これは日本がとった最も重要な措置だったと言える。

 それでも、制裁がロシアの行動を変えるかというと、そうはならないだろう。

中国は「台湾統一への行動は今ではない」と理解したはず

 こうした強い対応は、民主主義国に対して攻撃的行動に出れば決定的な対応を招くというメッセージを中国に送った。台湾統一に向けて今行動を起こす必要はないと、中国は理解していると思う。

 台湾問題は米中間の大きな争点であり、中国は軍事力を強化し続けている。南シナ海で対立し、国家安全保障やテクノロジーにとって重要な分野で経済的にデカップリング(切り離し)が起きている。米中間の信頼関係が非常に希薄なのは事実だ。

 だが、中国は新型コロナウイルス感染症で「ゼロコロナ」政策をとり、景気が減速している。今秋には習近平国家主席が3期目入りを目指している。ロシアに対する欧米の強い反応も見ている。中国は今、米国との対立の先鋭化や冷戦を望んでいないし、冷戦状態にあると私は考えていない。

日本は防衛費増額よりODA活用を

 米国は、…

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国際政治学者

 1994年、米スタンフォード大博士号取得。政治リスク分析を行う米調査会社「ユーラシア・グループ」の社長。著書に「対立の世紀 グローバリズムの破綻」など。