次世代の演劇人、ここに集う――Bunkamuraが育む演劇界の“未来”

Bunkamuraシアターコクーン芸術監督の松尾スズキが主任を務め、「演劇の未来を拓く若者たちの学び場」として2024年に始動した「コクーン アクターズ スタジオ」(CAS)。今年3月には第一期生24人が巣立ち、その中の5名は来年1月、松尾が手がける舞台で役者として大きな一歩を踏み出す。CASが描く、演劇界の未来とは――

始まりは2020年、俳優の松尾スズキが芸術監督に就任したことだった。就任に際し、松尾がぜひ取り組みたいことの1つとして挙げたのが「若い演劇人の育成」だった。
これから先、一緒に演劇を作っていく若い人と出会いたい。そして、その人たちに、演技のメソッド、ダンス、歌唱、日本舞踊、所作、さらにコントまで、舞台に立つ俳優としてのスキルを積んでもらえる場を提供したい――。
それがCAS設立の大きな目的だった。時を同じくして、隣接する土地の開発工事に伴いシアターコクーンが休館となったため、「再開時にシアターコクーンの舞台に立ってくれる俳優誕生を」という目標のもとに、CAS設立プロジェクトが始動した。
もちろん、文化施設でもあるBunkamuraとしては、若手育成だけでなく、彼らが巣立った後も成長し続けるための実践法を身につけられるよう手助けしていくこともミッションの一つだ。将来的には、プロジェクトを長く続けていくことでシアターコクーンを中心に舞台で活躍する俳優を輩出し、そして、その中から日本のエンタメ界をけん引していくスターが育ってくれたら――と未来を描く。コロナ禍を経て2024年4月、満を持してCASが始動した。

実際のレッスン内容は密度も内容も濃い。オーディションを経て選ばれた10代~20代の俳優の卵たちは、4月から1年間、さまざまなジャンルの専門家によるレッスンを受ける。週3~4回、内容は演技の基礎、ダンス、発声・歌唱、日本舞踊・所作など多岐にわたる。そこで演劇の基礎を学びつつ、さらに年間5~6本の特別ワークショップも開催され、授業とは違う分野のレッスンを受ける。2025年度は、野村萬斎(狂言師)、行定勲(映画監督)……Bunkamuraのネットワークをフル活用した豪華講師陣も魅力の一つだ。
年明けから最後の3ヶ月間は、レッスンの集大成となる発表公演とその稽古が待っている。会場となるシアターコクーンでの稽古に加え、本番用の衣裳や小道具なども可能な限り自分たちで準備し、最後は有観客での公演となる。そのゴールを目指して受講生は担当講師とともに稽古を重ねていく。

プロが実際に使用する大舞台での実践さながらの稽古――これが、ほかの育成機関にはない強みだ。総客席数747席、歴史に名を刻む数々の名舞台の会場となったシアターコクーンの壇上からの景色を生徒は何度も経験する機会に恵まれ、さらに休館中であるBunkamura内の施設も活用している。

Bunkamuraオフィシャルサプライヤースペシャル『アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―』
撮影:細野晋司
すでに育成の効果は表れており、今年3月に第一期生が挑んだ発表公演では、準備段階からスタッフワークも分担し、衣裳の準備や小道具作りなどに自主的に取り組んだ。本番さながらの最終リハーサル「ゲネプロ」では、初めて観客を前に、緊張感を肌で感じた多くの受講生が「覚醒」。音程が合わなかった者が急にぴったり合ったり、笑いがしっかり取れたり――舞台での輝きが一気に増した。迎えた本番も、多くの観客から喜びの声が上がった。卒業後も、有志がさらにスキルアップを目指してレッスンする姿は、1年前の想像をはるかに超える成長ぶりを示している。

「若い演劇人があんまり育っていない。『このままだとやばい』という気持ちに、もう何年も前から気づいていた」。CASの立役者である俳優の松尾スズキはそう語る。背景には、現在の商業演劇界に対する危機感がある。若手の配役を、ビジュアル重視のいわゆる「イケメン」俳優やタレントが所属する大手芸能事務所に頼っているのが今の主流であり、さらに、「面白いことをやりたい」という若者は、役者の養成所ではなくお笑い芸人の養成所に流れてしまう。松尾自身も、コントを見ながら「この人演劇やれば良いのに」と思う演劇向きの芸人を何人も知っている。それでも現状、国内には、トークの瞬間的な笑いではなく、書かれた台詞で笑いを取れる、演技でエンターテインメントできる役者を目指す若者を育てる場所がない――。
それが、アクターズスタジオを立ち上げた原点だ。さらに、指導者として、年齢のリミットも感じている。自分は演劇論的なメソッドを勉強してきていない「野良演劇家」だから、自分の身体の動きで伝えられるのはせいぜい70歳位まで。現在62歳。立ち上げ時期としては「ギリおじいちゃんではない」今が、ラストチャンスとも言えた。

若手育成に際して重視しているのは、「笑い」の技術だ。ほとんどの演劇には笑いの要素が入っており、さらに日本の戯曲は笑わせるシーンが多い。そこでいかに、「わざとらしくなく」笑いをとれるか、さらに「気持ちのいい間」が作れるか。そのためには、エンターテインメント精神、つまり、演じることプラス「楽しませること」をどう意識できるかが大事になる。
また、「自分の色がつきすぎていない」ことも意識している。受講生は卒業後、いったん一人の役者としてデビューしたら、さまざまな演出家に出会う。そのとき、いろんな方向性に合わせられる俳優の方が重宝される。そのためにCASで多くの人のメソッドを「いいとこ取り」すれば良いのではないかと考えている。

1年間のレッスンを通して特に伸ばしたい能力は「自分の売り方、見せ方」で、今後は演技においてエンターテインメントを目指す人にぜひ来てほしい。自身を振り返っても、若い頃「劇団東京ヴォードヴィルショー」や「劇団東京乾電池」などの影響を受け、コントをやっていた時期もあった。ただ、30年以上演劇界に身を置く中で、瞬発的な笑いだけでなく、エンタメもでき、ある程度歌えてある程度踊れる役者は、やはり強いと感じる。

Bunkamuraオフィシャルサプライヤースペシャル『アンサンブルデイズ―彼らにも名前はある―』
撮影:細野晋司
今年3月、すべてのレッスンを終えて第一期生が卒業した。オーディションを勝ち抜いた18歳から28歳の総勢24人は、小劇場の劇団員、元市役所職員、三代続く家業の跡取りなど、個性豊かなバックグラウンドを持つ者ばかり。彼らはCASからどのような学びを得たのだろうか。
一期生の一人、芹なずな(芹犬)は、特に印象に残るレッスンに「オクイシュージさんのコントの授業」をあげる。ほぼマンツーマンで、一人ひとりの癖まで見抜く愛情あふれる指導が特徴だった。「自分が『おもしろがる』ことが大事」という言葉が胸に響く。
もう一人の卒業生、吉田ヤギは、印象に残っているレッスンに「杉原邦生さんの沈黙劇の授業」をあげる。台詞の無い、俳優の動きだけが書かれた台本をとてもゆっくりと上演する内容だった。「ゆっくりだからこそ色々なものが見えてきて、気づけばあっという間に時間が過ぎた」と振り返る。

2人とも来年1月公演の松尾が手がける「クワイエットルームにようこそ The Musical 」に出演する。出演が決まった時の気持ちとして、芹は「これまで松尾さんの作品はずっと観客として観てきたので、自分がその作品の中に立つ日が来るなんて夢のようでした」と振り返り、「舞台のチケットを取った日から心待ちにし、観た後は1ヶ月分の元気をもらっていました。今度はその元気を“受け取る側”ではなく、“届ける側”になるというプレッシャーを力に変えて臨みたい」と力を込め、吉田は「作品の邪魔をしないように、その上で楽しく舞台に立てるように、できることを尽くしたい」と意気込んだ。
CASのこれからに目が離せない。
才能が芽吹く、未来へのステージ







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