三島文学の「美」に世界が身を焦がす? 人形とヒト競演間もなく

「美」の象徴である金閣寺。これを焼かなければならぬ―。
戦後日本文学界の鬼才、三島由紀夫の代表作「金閣寺」を、人形浄瑠璃と歌舞伎、ダンスの共演で大胆に読み直す前代未聞のステージがこの夏、幕を開ける。世界が今、最も注目する演出家であるマルコス・モラウ氏が手がける。時空とジャンルを越えた世界観の創出に、Bunkamuraが挑む。

三島由紀夫の生誕100年は昨年のことだ。国内だけでなく海外からも注目されていたようだ。
熱視線を送っていた一人がスペイン出身の演出家で振付家のマルコス氏。バルセロナとニューヨークで写真、振付、演劇を学び、2005年に自身のカンパニー、ラ・ヴェロナル(La Veronal)を設立。身体表現を中心とし、視覚を圧倒する独自の演出で世界的な称賛を浴びている。
作品の数々はパリ・オペラ座などヨーロッパを中心とした多くの主要劇場で上演されている。彼のウェブサイトをのぞいてみると、その躍動感あふれる足跡が記されていた。
そんな気鋭の演出家は、日本では完成から40年の時を経て昨年の第38回東京国際映画祭で初公開された映画「MISHIMA」(1985年/ポール・シュレイダー監督、原題「Mishima: A life in Four Chapters」)を学生時代に観て、それ以来、深く三島文学と日本文化に傾倒してきたという。
ノーベル文学賞の候補者として世界的に知られ、Bunkamuraのお膝元である渋谷・松濤で青春期を過ごした三島の作品が国際的演出家の手で舞台芸術に生まれ変わるのは、偶然ではなかったのかもしれない。
「美」に対する主人公の崇拝と劣等感が絡み合う複雑な心情がやがて「滅び」へと向かう筋書きを、きらびやかな文体で紡いだのが小説「金閣寺」の特徴のひとつ。これが身体表現に生まれ変わるというのだ。
メインキャストは人形に命を吹き込む文楽人形遣いの吉田玉助さん(60)や、「人形振り」の技を用いて肉体で人形を演じる歌舞伎俳優の中村壱太郎さん(35)、同じく歌舞伎俳優で名門・尾上家の流れをくむ尾上眞秀さん(13)、さらに、アイドルでSTARTO ENTERTAINMENTジュニアの末永光さん(17)が加わる。そして、1200人超が応募したオーディションで選ばれた7人の精鋭ダンサーたちが「黒子」としてストーリーのかじを取る。ジャンルを越えた「踊り」の第一人者らが一つの舞台を作り上げるのだ。

「洋の東西」や「伝統と現代」など、対立する二項の融合がもう一つのテーマなのかもしれない。マルコス氏は今回の作品について「境界は曖昧になっていくでしょう」とコメントしている。今、現実的にそんなあわいに立っているのが、人形遣いの玉助さんだ。
人形浄瑠璃の誕生は歌舞伎より少し早く、約400年の歴史を持つ。世界を見渡せば数多くの人形劇があるが、一体の人形を3人で遣う手法は日本独自のスタイルだ。2008年にはユネスコの無形文化遺産に登録された。
そんな伝統を誇る人形遣いの家に玉助さんは生まれ、父・二代目玉幸に入門して修行を積んだ。1981年に初舞台を踏み、2018年に名跡五代目玉助を襲名した。脈々と受け継がれる「型」を守りつつ、活躍の場は枠に収まってはいないのだ。

これまで定期公演などで実績を積む一方で、落語やアニメキャラクターとのコラボや、バーチャルアイドル「初音ミク」との共演など、ジャンルを超えた挑戦も重ねてきた。「文楽はどちらかというと保守的な技芸です。でも『博物館の展示物』のような存在にしてしまうと、お客さんは面倒くさくなって離れてしまう。新しいお客さんに見てもらって、そしてやっぱり古典を好きになってもらいたい」と玉助さんは熱く語る。
歌声合成技術「ボーカロイド」が音楽シーンを席巻した2010年代、玉助さんはイベントの一環としてデジタルの歌声に乗って文楽人形を踊らせたことがある。会場からは、拍手とともに「おお、すげえ」「萌え~」といった反応が上がったことも記憶に鮮やかだ。数年後に「初音ミク」と共演した公演では、玉助さんは羽田空港に近いダンススタジオで振付師のレッスンを受けて自分自身の体に「ミクらしい」ダンスを染み込ませた。「自分が動けなければ、人形に伝えることはできませんから」と語る玉助さんの横顔には、修行が裏付ける芸への自信が見てとれる。
では今回の「金閣寺」では人形をどのように踊らせるのだろう。
「私は日本舞踊をたしなんでいるので、日本舞踊ならなんとかなると思ってお引き受けしました。でも今回はダンスですから、勝手が違います。話が進むうちにだんだん恐ろしくなってきました」と玉助さんは胸の内に隠した不安をのぞかせる。
一方で、小説「金閣寺」についての思いを尋ねてみると、「例えば子供のころ、宿題が嫌で学校がなくなってしまえばいい、なんて思うことは僕だってありましたよ」と明快だ。さらに「でもね」と付け加えて「題材となった実際の放火事件を自己中心的な物語に終わらせずに、美の表現にまで高めているのが、さすが三島ですね」とため息をついた。
取材した5月時点で、台本はまだ手にしていないという。だが、玉助さんの脳裏には新たな挑戦への道筋が描かれているようだ。

なにごとも適当に済ませるのは好きではないという玉助さん。日ごろから美しい所作を心がけているという。「手の角度や動き一つ取っても線の流れがあるんです。格好良く見えるためにはその流れを美しくすることが肝心です。美意識については表現者ごと、役ごとに違います。僕は線が細くても豪快に演じたいと思っているんです」と語る。179センチの長身からすっと手を伸ばすと、そこには磨き上げた「美」が宿っていた。
昨年11月、舞台に向けたワークショップでマルコス氏の思いを出演者らと共有した。「マルコスが即興的にピアノを弾き、課題の通りに体を動かしていくんです。まだ10代の末永さんは反応がすごく早く、それを見て私はショックを受けました」と振り返る。「これはあかん、若い人たちに負けないようにちゃんとせなあかんって」。
会期は8月29日から9月6日、全10回。Bunkamuraが休館中とあって、豊島区・西池袋の東京芸術劇場プレイハウスが会場となる。今回の企画公演を推進するBunkamura音楽・舞踊制作部の高野泰樹氏は「ダンサーの肉体表現や人形の表情を近い距離感で味わうのにマッチした会場です。世界のトップオブトップの演出家を招いて新しい作品を生み出すことができ、我々としても誇らしく思っています。こんな面白いことをやっているんだと、世界に広くBunkamuraの存在意義を示していきたいですね」と意気込んでいる。
Bunkamura Produce 2026 マルコス浄瑠璃『金閣寺』 | Bunkamura渋谷から広がる、文化の交差点








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