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著者インタビュー ブレイディみかこ 『ヨーロッパ・コーリング…』

経済格差は国や為政者の責任 私たちは声を上げて怒るべき

◆『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』ブレイディみかこ・著(岩波書店/税抜き1800円)

 私たちはまだ一億総中流の夢を貪(むさぼ)っているのか。自分が貧しいことに気づかずに。

「私の実家は裕福ではなかったので、奨学金で高校に進学し、アルバイトもしていました。ある日、担任から呼び出されてアルバイトを咎(とが)められ、事情を話したら言われました。『今どきそんな家庭があるわけない』って」

 夢覚めやらぬ大人を尻目に、ブレイディさんは渡英した。編集助手を務め、出産を機に保育の勉強も始めた。今から十年前、ブライトンの最貧困地区にある就職支援センター内の託児所に通い始め、そこで“ブロークン・ブリテン”に直面した。

「職がなく生活保護で暮らす人たち、働いても働いても生活苦を強いられて食事を抜く親子、路上にあぶれる若者。それが先進国イギリスの現実でした」

 ブレイディさんの重心は低く、視野は広い。保育園の同僚の、バーに集う町の人の、キッチンにいる友人の間から、政治課題をつかみ出す。

「トニー・ブレアは、労働者階級をなくし、国民すべてがミドルクラスの社会をつくると言った。けれど実際は、サッチャーのような強硬さで新自由主義を進め、経済格差が広がりました。今では階級の流動性がなくなり、ソーシャル・アパルトヘイトという言葉まで生まれ、上層と下層はたがいを想像することもできません。この影響が政治にも文化にもあらわれています。日本でも『妻がパートで働き始めたら25万円』と言った首相がいましたね」

 近年、欧州の動向は左派を中心に激しい。本書はそのリポートであるとともに、日本への鋭い目線をもつ政治時評だ。

「イギリスも日本も、議論されるのはアイデンティティーポリティクスばかり。国の内と外を分けて、閉じるのが右翼、開くのが左翼ですね。今年、イギリスではEU離脱が決まり、日本では安保や改憲が争点になりました。しかし今、欧州の社会運動はもっぱら反緊縮運動、反自由主義、つまりお金の問題です。くらべて日本では、上と下の議論が圧倒的に遅れています。為政者たちは多様性のある社会を謳(うた)って実情に蓋(ふた)をする。日本の人々は、どれだけ経済格差が広がっても、自分たちは同質だと信じていませんか。本当はもうブロークン・ジャパンになっているかもしれないのに」

 彼女の目に驚愕(きようがく)をもって映った日本の姿はこれだけではない。

「貧困問題を訴えた人を叩(たた)いて潰すことです。同じ階級の人どうしで責め合うメンタリティーがすごく歪(いびつ)に見えます。なぜイギリスで労働者階級が力を得たかといえば、皆で環境を良くしようと闘うから。下層が存在するからボトムアップできるんです。これだけ非正規労働者ばかりになった今、立ち上がるチャンスではないですか。私が見た欧州の出来事がヒントになればと思います」

 「もはや右対左ではない。下対上の時代だ」のメッセージが熱い。「もしもし、イギリスです」という本書に、「はい、こちら日本です」と呼応するような新著も刊行した。『THIS IS JAPAN−−英国保育士が見た日本』、日本のさまざまな現場を取材した記録だ。

(構成・五所純子)

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ブレイディみかこ(ぶれいでぃ・みかこ)

 1965年、福岡県生まれ。英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『アナキズム・イン・ザ・UK−壊れた英国とパンク保育士奮闘記』『ザ・レフト UK左翼セレブ列伝』『THIS IS JAPAN−英国保育士が見た日本』など

<サンデー毎日 2016年9月25日号より>

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