特集

Listening

話題のニュースを取り上げた寄稿やインタビュー記事、社説をもとに、読者のみなさんの意見・考えをお寄せください。(2022年3月で更新を終了しました)

特集一覧

Listening

<昭和史のかたち>岩倉使節団の検証=保阪正康

コラージュ・松本隆之 拡大
コラージュ・松本隆之

偏狭な国粋主義に陥らず

 近代日本史を検証している故もあってか、いくつかの研究会や団体、学会などに関わっている。そうはいっても関心の薄い研究会からは、次第に足が遠のく。しかしこの10年余、一貫して関心を持ち続けている研究会に、「米欧亜回覧の会」がある。

 元々この会は、明治4(1871)年に右大臣の岩倉具視を代表に、大久保利通、伊藤博文、木戸孝允らを副代表にして、50人あまりの若手官僚、中江兆民のほか牧野伸顕や団琢磨ら50人を超す留学生を伴って、米国、欧州に視察に赴いた岩倉使節団の研究を目的に発足した。ふつう、こうした研究会はアカデミズムの側からの発足になるだろうが、この会に限っては企業経営者の泉三郎氏が音頭を取り、当初は一橋大の同期生や卒業生が呼応するかたちで加わり、やがて本格的な研究会にと進んだ。

 なにしろ100人あまりの一行である。留学生の年齢も前述の牧野伸顕は11歳、団琢磨にしても13歳、津田梅子に至ってはまだ8歳である。牧野は近代日本の外交官、宮廷官僚、団は三井財閥の要人、津田は女子英学塾(現在の津田塾大)を創立して日本の女子教育に貢献している。こういう進取の気性に富む人物ばかりでなく、歴史の影を背負った留学生も含まれていた。

 山川捨松(幼名咲子・11歳)は、会津藩家老の山川尚江の娘である。兄の浩や健次郎(後の東京帝大総長)は戊辰戦争で官軍と戦っている。捨松は11年間の留学生活の後に日本に戻り、結婚するのだが、その相手は官軍の砲兵指揮官、近代日本草創期の軍事指導者だった大山巌である。

 こうした人脈に関心を持つ人たちが、この「米欧亜回覧の会」にそれぞれのテーマをもって入ってきている。

 私の出身大(同志社大)の校祖である新島襄は、米ボストンで神学を学んでいたが、この一行の岩倉にワシントンへ呼び出されて、文部大丞(だいじょう)の田中不二麿の通訳及び随行秘書として米国内を視察し、さらにイギリスやフランスなどに赴き、大学教育を研究している。この使節団の要人たちに、日本に戻って大学を設立せよと要望されるがそれを断り、「基督教徒として帰朝」し、私学を設立したいと伝えている。新島への関心が、私をしてこの会に協力し続けるよすがである。

 岩倉、大久保、伊藤などいわば維新の功労者たちが、日本と条約を結んだ12カ国へ1年9カ月もかけて視察を続けた。そこには欧米の文明やその社会の実態を探り、日本をして列強に負けない先進国にという若い情熱があったのだろう。泉氏は「近代化の土台となったこの使節団の全体図をもっと私たちは知るべきだ。それを確かめることが、私たちの歴史と向き合うときの基本姿勢である」と繰り返している。その言は確かに当たっているように思う。

 この「米欧亜回覧の会」は、岩倉使節団の一人、久米邦武が1年9カ月間の全記録を編纂(へんさん)した「米欧回覧実記」を読むのが目的でもある。会員はこの書を読むか、この書についての理解をもつのが条件にも思えるが、この書は各個人の考え方を記すだけでなく、欧米の風景や異物の絵画など約300点を収めている。実際にこの書にふれると、近代日本の草創期の日本人の進取の精神の源はどこにあったのだろうかと考えたくなる。

 岩倉使節団にはいくつもの歴史的秘話がある。ワシントンで米政府と不平等な条約の改定を行おうとしたら、「天皇の信任状がない」と断られ、大久保と伊藤は慌てて、信任状を求めて一時帰国している。一方で留守を預かった政府は、三条実美を中心に西郷隆盛、板垣退助、大隈重信らが学制、地租改正など独自に政策を進めて使節団との間に対立が生じ、それが「明治6年の政変」に至った。西郷の征韓論は受け入れられず、つまりは下野して、後の西南戦争になるわけである。

 この「米欧亜回覧の会」は、今年で20周年を迎えることになった。それを記念して大がかりなシンポジウムを東京都千代田区一ツ橋の学術総合センターで開催する(12月2日から3日間)。芳賀徹・東京大名誉教授の「日本近代史における岩倉使節団の意味」、五百旗頭真・熊本県立大理事長の「世界の中の日本」といった基調講演や内外の研究者を交えての討論も行われる。私も「日本近代150年をどう見るか」という演題で基調講演を行うが、岩倉使節団に関わった人たちがいずれも偏狭なナショナリズムの鼓吹者にならなかったことは、現在に大きな示唆を与えているように思うのである。<コラージュ・松本隆之>


 ■人物略歴

ほさか・まさやす

 ノンフィクション作家。次回は12月10日に掲載します。

コメント

※ 投稿は利用規約に同意したものとみなします。

あわせて読みたい

この記事の特集・連載

アクセスランキング

現在
昨日
SNS

スポニチのアクセスランキング

現在
昨日
1カ月