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<記者の目>「この世界の片隅に」を広島で見て=竹内麻子(広島支局)

映画「この世界の片隅に」の主人公すず (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 拡大
映画「この世界の片隅に」の主人公すず (C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

日常が語る大切なこと

 アニメ映画「この世界の片隅に」を広島で見た。戦時中、広島市から約20キロ離れた広島県呉市に18歳で嫁いだすずの日常を描いた物語だ。記録的なヒットを続けているが、戦時下の街を描きながら生々しい戦争や原爆被害の描写はあまりない。それでも戦後72年を迎える今、この映画に多くの若い世代が共感し、戦争について考えるきっかけになった。戦争体験を伝えるためのヒントがこの映画にあると感じた。

 映画は、広島市出身の漫画家、こうの史代さんの同名漫画を原作に、片渕須直監督が6年かけて製作した。すずは道ばたの野草を料理に使い、ご飯のかさが増す炊き方を知ると実践し、軍艦の絵を描いて憲兵にスパイと疑われる。当時の呉の日常が、ユーモアを交えて丁寧に描かれている。夫婦で映画を見た広島市の会社員、藤井和典さん(29)は「悲しい空気を前面に出していないところがよかった」と言う。

 一方で、広島で被爆した女性(86)は「戦争はあんな生やさしいものではなかった」と話す。満州事変の年に生まれ、14歳で原爆に遭い、家族を亡くした。「どれだけ怖い思いをしたか。身内がどれだけ死んで、残された人がどれだけ苦労をしたか」。映画のヒットに「優しい気持ちになる作品だとは思う。でも、今の人はあの映画を見て、戦争や原爆をどう受け止めるのだろうか」と話し、自身の体験との落差も感じている。

当時の暮らしを伝える難しさ

 広島市では被爆者の平均年齢が80歳を超え、被爆体験の継承が大きな課題だ。このため、さまざまな人や団体が被爆の事実を後世に残そうと努めている。原爆資料館には被爆した弁当箱や三輪車などが展示され、市は被爆を耐え抜いた建物や樹木の保存に力を入れる。被爆体験の記録化も進められている。私自身も原爆をはじめ戦争について記事を書く時には、悲惨な事柄を正確に詳細に伝えようと心掛けてきた。戦争の非人道性を示す事実だからだ。

 だが、広島を訪れる修学旅行生に体験を語っている被爆者の一人は「分かってくれる子もいるが、そうでない子もいる」と話す。「火鉢」などを知らない生徒もおり、被爆証言をよく理解するのに重要な当時の暮らしなどを伝える難しさは増している。

細やかな描写でリアルな感覚に

 映画に、目を覆いたくなるような空襲被害や被爆者の描写は多くない。力を注いでいるのは、懸命に生きる人々の日常のディテールだ。「外壁は何色だったのか」「建物の反対側に窓はあったのか」。片渕監督は何度も広島を訪れ、当時を知る人の記憶や写真を基に、すずが暮らした呉や、広島の爆心地近くの街並みを細部まで描き込んだ。

 映画を見た被爆者らは「懐かしい」と喜び、多くの人が映画に登場する建物や景色を探しに広島と呉を訪れる。映画上映は昨年11月に63館で始まったが、今年2月に累計300館を超え、海外20以上の国と地域での上映も決まった。

 映画の製作に協力した市民団体「ヒロシマ・フィールドワーク実行委員会」の中川幹朗さん(58)は、20年以上前から被爆者を訪ねる街歩きを企画し、証言集も発行してきた。そうして残した記憶をどう伝えていくかに頭を悩ませていたが、映画を見て、「『原爆ドームの周りは元から公園だったんでしょう』と言う人もいたが、人がたくさん住む街に原爆が落とされたことを広く知ってもらえた」と語る。

 この映画で、すずはよく家族と冗談を交わして笑い合っている。その様子は昔も今も変わらないだろう。見ている私も、同じ世界で一緒に笑っているような感覚を味わった。そして、日常を容赦なく奪っていく戦争や核兵器の恐ろしさをすずたちとともに体験した。当時の人々の喜怒哀楽を、暮らしや街並みとともに細やかに描写しているからこそ、アニメでありながらリアルに感じたのだろう。

 戦争体験を取材しようと被爆者らから話を聞いていると、昔の遊びや恋愛、仕事などへ話題が脱線することも少なくない。そんな時、目の前の人が自分と同じ「普通の人」であることを実感し、その人が想像を絶する体験をした事実に改めて驚く。だが、記事にする際は被害にばかり焦点を当てていなかったか。取材で感じながら伝えきれていなかった大切な部分を、映画に見つけたような気がした。

 映画を見た多くの人が友人に勧めたり、現地に足を運んだりと、戦争について考える一歩を踏み出した。戦争や核兵器をどう描くか。記者にも見直しを迫る課題だと、映画を見て思っている。

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