忍術学

「広敷伊賀者と御庭番」講座 影の者、実像語る

深井雅海さんの講演を聴くぎっしりと会場を埋めた市民ら=三重県伊賀市のハイトピア伊賀で2018年5月19日午前11時45分、大西康裕撮影
深井雅海さんの講演を聴くぎっしりと会場を埋めた市民ら=三重県伊賀市のハイトピア伊賀で2018年5月19日午前11時45分、大西康裕撮影

表向きは警護/密命、障子越しに

 三重大学人文学部と三重県伊賀市、上野商工会議所の3者による「三重大学伊賀サテライト伊賀連携フィールド」の忍者・忍術学講座が19日、伊賀市上野丸之内のハイトピア伊賀であり、徳川林政史研究所(東京)の深井雅海・副所長が「広敷伊賀者と御庭番~隠密御用の実際」について語った。約150人が聴講し、テレビの時代劇などで描かれる「御庭番」の実際の姿を紹介する講演に聴き入った。【大西康裕】

 深井さんは1716年に江戸幕府8代将軍となった徳川吉宗が紀州藩主時代の家臣を引き連れて来たところから語り始めた。家臣の一部は「広敷伊賀者」になった。江戸城の大奥は3区画に分かれ、その一つの「広敷」に詰めて大奥の警護などをするのが仕事。「広敷伊賀者」は役職名で伊賀出身やその家系である必要はなかった。

この記事は有料記事です。

残り551文字(全文905文字)

あわせて読みたい

アクセスランキング

現在
昨日
SNS

スポニチのアクセスランキング

現在
昨日
1カ月