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<ベルギー同時テロ>欧州を覆う組織網

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 【ブリュッセル八田浩輔、パリ賀有勇】ベルギー同時テロで捜査当局は実行犯を特定し、自爆犯以外の容疑者全員を逮捕した。昨年11月のパリ同時多発テロで指名手配された容疑者が含まれ、ベルギーとパリのテロが連動していることは濃厚だ。イタリアや英国でも関連した逮捕者が出ており、欧州に巣くうテロネットワークの深さを改めて示している。

若者勧誘「サンタ」暗躍

 捜査は今月8日に動いた。ベルギー検察はパリ同時テロで国際指名手配されていたモロッコ系ベルギー人のモハメド・アブリニ容疑者(31)を逮捕。同容疑者はブリュッセル国際空港でテロ直前に2人の自爆犯と共に防犯カメラに映った黒い帽子姿の男だと自供した。

 検察は同日逮捕したオサマ・K容疑者(23)について、別のテロ現場の地下鉄マールベーク駅から逃走したとみている。ベルギー各紙は本名をスウェーデン国籍の「オサマ・クライエム」だと報じ、シリア渡航後に偽造パスポートでシリア難民を装い、昨年9月にトルコ経由で欧州に戻ったと伝えている。

 両容疑者をつなぐのが、パリ同時テロの実行グループ10人のうち唯一の生存者、サラ・アブデスラム容疑者(26)だ。アブリニ容疑者とともにパリ襲撃の2日前に仏北部のガソリンスタンドに立ち寄っていた。またオサマ容疑者は、昨年10月にサラ容疑者が借りた車でドイツ南部からベルギーに入った。

 検察によると、犯行グループは当初、フランスで新たなテロを計画していた。6月から開催予定のサッカー欧州選手権が標的だったとの報道もある。だがベルギー当局は4カ月の追跡の末、3月18日にサラ容疑者を逮捕。その3日前には同容疑者と共に潜伏していた男が治安当局との銃撃戦で射殺された。検察は、こうした捜査の動きを察知して犯行グループが急きょブリュッセルでの犯行に至ったとみている。

 ベルギー公共放送によると、ブリュッセル近郊には「出撃拠点」が少なくとも7カ所あり、自動小銃や爆発物、過激派組織「イスラム国」(IS)の旗などが押収された。これらの部屋は偽造身分証で借りられていた。

盗品で施し

 捜査によってネットワークは壊滅したのか。ベルギーのイスラム過激派に詳しいピーター・オスタイエン氏は「ベルギーだけでも『テロ細胞』は50人は下らない」と否定的だ。その源流はハリド・ゼルカニ被告(42)にたどり着く。

 地元メディアによると、ゼルカニ被告は当局が「最も影響力が大きいリクルーター」と位置づけるモロッコ生まれの宗教指導者だ。ブリュッセル・モレンベーク地区を拠点に多数の若者を勧誘してシリアで戦闘員にさせたとして、今月14日に禁錮15年の2審判決を受けた。シリア渡航を目指す若者に盗品を施していたことから「サンタクロース」の異名を持つ。

 パリ同時テロの首謀者で、治安当局の制圧作戦で死亡したモロッコ系ベルギー人のアブデルハミド・アバウド、ブリュッセル国際空港で自爆したナジム・ラーシュラウィ両容疑者もゼルカニ被告に勧誘されてシリアへ渡った。

 アバウド容疑者は、2014年5月にブリュッセルで起きたユダヤ博物館襲撃事件、昨年8月の高速鉄道「タリス」のテロ未遂事件でも黒幕だったと指摘されている。また、別のテロを計画したとして逮捕されたアルジェリア系フランス人のレダ・クリケ容疑者(34)も「ゼルカニ・ネットワーク」に連なる。

 ベルギー国家保安庁のアラン・ワイナンツ前長官は14日、ブリュッセルでのシンポジウムで「ISが欧州で組織的なテロを起こすことは可能だ。情報機関が懸念しているのは異なる都市、国で同時にテロが起きることだ」と警戒した。

「予備軍」なお多数 シリア・イラク渡航、ベルギー出身突出

 ベルギー同時テロやパリ同時多発テロでは、シリア渡航後に欧州へ戻った容疑者も多い。帰還者のうちテロに関わるのは一部だとしても、欧州にとっては大きな脅威となる。「テロリスト予備軍」はどの程度いるのか。

 今月発表されたオランダのシンクタンク「テロ対策国際センター」(ICCT)の報告書によると、2011年から15年10月までに欧州連合(EU)加盟国からシリアとイラクに向かった戦闘員は約4000人いる。人口100万人当たりの人数では、ベルギーが41人と突出して多い。

 ベルギーのほか、900人以上が渡航したフランスやドイツ、英国など上位9カ国からの渡航が、EU全体の94%を占める。このうち約3割を占める1000人以上が渡航前の居住国に帰還したとみられるという。

 報告書は、ベルギーやスウェーデン、デンマークなどで戦闘員のほとんどが大都市近郊に住んでいたことに着目。それらの大都市にはもともと過激派のネットワークが存在し、友人同士、グループごとに感化され一緒に渡航したり、渡航した戦闘員が欧州に残った友人を勧誘したりしている可能性があると分析している。

 実際、ベルギーから渡航し、国内の出身地が判明している266人のうち、4割近くの101人が首都ブリュッセル出身で、移民集住地区のモレンべーク地区に限っては24人が渡航していた。【渋江千春】

起源は旧ユーゴ紛争 義勇兵、過激思想に感染

 【ロンドン矢野純一】「欧州のテロネットワークは1990年代の旧ユーゴスラビア紛争につながる」。セルビア・ベオグラード大のダルコ・トリフォノビッチ講師(安全保障・テロ対策専門)は、そう指摘する。

 ユーゴスラビアの解体に伴って起きた紛争では、ボスニア・ヘルツェゴビナでセルビア人、クロアチア人、ボスニア人(イスラム教徒)の間で激しい戦闘が起きた。イスラム教徒の同胞を助けるためフランスなど欧州から、北アフリカ系移民の若者が義勇兵として参戦。旧ソ連の侵攻に対抗するためアフガニスタンで戦っていた中東のイスラム教徒の戦闘員と合流して軍事的な訓練を受け、さらに過激思想に染まったという。

 こうした若者が欧州に戻り、欧米の価値観に反発するイスラム過激派ネットワークの土壌となった。フランスやベルギーには移民が多く住む地区があり、アルジェリアなどから摘発を逃れたイスラム過激派武装組織のメンバーが移住していた。

 「武装組織のメンバーと戦闘から帰還した若者がイスラム過激派の拠点を築いた」とダルコ氏は説明する。こうした組織を基盤に移民集住地区の若者がシリアやイラクに渡り、ISの戦闘に加わっている。

 一方、欧州の過激派ネットワークは、武器密輸にも関与する。欧州の治安当局者は、欧州連合(EU)内の移動の自由を逆手に取り、武器が陸路で運ばれていると指摘したうえで、「旧ユーゴの紛争から帰還した戦闘員が、戦場だった地域とのつながりを生かして、武器を手に入れている」と話す。オーストリアのメディアは、ボスニア・ヘルツェゴビナだけで今なお80万点の違法な武器が存在すると報じている。

 実際、パリ同時多発テロ直前の昨年11月5日には、ドイツの治安当局が旧ユーゴ地域から来た車両にマシンガンやライフルなど大量の武器が積まれていたのを発見。ベルギー同時テロ後の家宅捜索でも、ベルギー国内で大量の武器が押収されている。

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