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大門正克教授著『語る歴史、聞く歴史』 声を拾うことの可能性

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 歴史学は長く、文字資料を研究の柱にしてきた。それゆえ、たとえばシベリア抑留がそうであるように当事者(ソ連)の資料が存在しないか、したとしても公開されない場合、研究は立ち遅れてしまった。一方で近年、証言を歴史資料とするオーラルヒストリーの存在感が増している。日本近現代史を専攻している大門正克・横浜国立大教授は40年近く聞き取りに取り組んできた。近著の『語る歴史、聞く歴史』(岩波新書)は歴史の中で声を拾うことの醍醐味(だいごみ)と可能性を伝えている。

   ■   ■

 筆者の体験は示唆に富む。例えば同じ「聞く」ことでも、「ask」「listen」を区別することだ。前者は聞き手が関心があることを尋ねる。成果もあるが時に<私の関心に合わなかったので語り手の肝心な話を聞き逃してしまったり、私が用意していた別の質問に移っていったりした>ことも。後者は相手の話に耳をすますもの。語り手は時に沈黙し、時に同じ内容を繰り返す。聞き手の関心と関係ない話をすることも多い。時間がかかり、非効率的にも思える。しかし、そこには「ask」からは聞こえてこない肉声もある。筆者は「listen」を意識することで新しい地平を切り開いていったようだ。

 聞き手が無意識のうちにあるストーリーを作り上げ、それにそった聞き取りをするため語り手が話したいことを聞き逃してしまう可能性も、自らの体験をもとに指摘する。聞き取りは、聞き手と語り手の相互作用によってその成果が決まることが分かる。

 人間はしばしば、事実と違うことを記憶する。あったことを忘れることも多々ある。こうした信ぴょう性の問題から、歴史学研究における聞き取りは文字資料の「補完」とされてきた。だが聞き取りも、文字資料に対するのと同じように資料批判をし、信ぴょう性を吟味する姿勢があれば、それ自体立派な資料になり得る。むしろ臨場感、当事者性という点では文字に勝ることもある。こうした特性を踏まえて大門氏は「聞き取りを歴史叙述にいかす」すべを記していく。

 敗戦から73年を迎え、当事者が加速度的に減っていく。また東日本大震災のような大災害も、日々国内外で大事件や大事故が相次ぐ中、人々の記憶が薄れてしまうかもしれない。そうした中、当事者たちの体験や記憶を受け継ぎ、さらに後世に渡すための方法としてのオーラルヒストリーを学ぶことができる好著だ。【栗原俊雄】

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