◆冨田勲さん(1932〜2016年)
自分が出したい音を出せればそれが僕の音楽
音楽家の冨田勲さんが5日、亡くなりました。84歳でした。手塚治虫さんのアニメ「ジャングル大帝」や映画「たそがれ清兵衛」の音楽の作曲家、電子鍵盤楽器シンセサイザーの第一人者、世界をまたにかけた大がかりな野外コンサートのプロデューサー……音楽の枠を越えて新しいことを追い求めました。時代と音楽が今、やっと冨田さんに追いつきました。
信じた道を突き進む
テレビアニメ「ジャングル大帝」のテーマ曲は、今もコンサートで演奏される人気曲です。
冨田さんは、作曲家として成功しても、新しいことに挑戦し続けました。1970年代、いろいろな音色を出すことのできる電子鍵盤楽器、売り出されたばかりのシンセサイザーでアルバムを作ります。一つ一つのパートを演奏し、アナログ録音機で音を重ねていきます。電子楽器といっても、当時は気の遠くなるような作業でした。デジタル技術が進み、1人でいくつもの音を演奏できるようになるのは何十年も後です。
アルバムは、20世紀のフランス人作曲家ドビュッシーのピアノ曲に新しい命を与え、世界で大ヒットしました。その後も、ストラビンスキー、ホルスト、ラベル、プロコフィエフと、20世紀の音楽を取り上げ、オーケストラに負けないような音色で紹介しました。
「日本の音楽教育界では、ストラビンスキーから勉強をスタートすることは許されないんです。で、個人教授を受けながら、ほとんど独学。自分が出したい音を出せればそれが僕の音楽ではないか、と」
2012年にはバーチャルシンガーの初音ミクを起用した「イーハトーヴ交響曲」を発表して話題になります。宮沢賢治の文学作品をテーマにした曲です。
最先端の表現方法を駆使しながら、伝えたいことは、子どものころからの変わらぬ思いでした。
冨田さんは、戦時中の少年時代を愛知県岡崎市で過ごしました。戦争が終わる直前に、大きな地震に襲われていました。戦争中なので大きく報道されませんでした。しかし、冨田少年は自分の目で、被災地から荷車で運ばれる多数のけが人を見ていたのです。
「(賢治の世界は)なんとカラフルでヨーロッパ的な不思議な世界を表現しているのだろう。いつか、壮大なオーケストラ音楽にしたいと思い続けていました。(2011年の東日本大震災を見て)幼い日に自分が体験した地震と賢治の世界がよみがえりました。僕にあまり時間は残されていない。今書かねば」
長男の冨田勝さん(58)は、慶応大学先端生命科学研究所の所長です。勝さんはコメントを発表しました。「既製の常識にとらわれずに、信じた道を突き進む父の背中が、私の人生においていつも背中を押してくれました。父の作品と志は、亡くなることはありません」【西村隆】
年表
1932年 東京生まれ
1963年 NHK大河ドラマ第1作「花の生涯」音楽担当
1974年 シンセサイザーによる「月の光」発表。日本人初のアメリカ・グラミー賞ノミネート
1984〜88年 ヨーロッパのドナウ川、アメリカ・ニューヨークのハドソン川、岐阜の長良川で巨大野外コンサート
2002年 映画「たそがれ清兵衛」で日本アカデミー賞最優秀音楽賞を受賞
2009年 「子どものための交響詩ジャングル大帝」の新編曲版
2012年 「イーハトーヴ交響曲」の世界初演
2016年 5月 亡くなる
2016年 11月 交響曲「ドクター・コッペリウス」世界初演予定