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優生思想、ヘイトクライムを全力で否定しよう

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 紙面審査委員会は、編集編成局から独立した組織で、ベテラン記者5人で構成しています。読者の視点に立ち、ニュースの価値判断の妥当性や記事の正確性、分かりやすさ、見出し、レイアウト、写真の適否、文章表現や用字用語の正確性などを審査します。審査対象は、基本的に東京で発行された最終版を基にしています。指摘する内容は毎週「紙面審査週報」にまとめて社員に公開し、毎週金曜日午後、紙面製作に関わる編集編成局の全部長が集まり約1時間、指摘の内容について議論します。ご紹介するのは、その議論の一部です。

 以下に出てくる「幹事」は、部長会でその週の指摘を担当する紙面審査委員会のメンバーです。「司会」は編集編成局次長です。

<8月5日>

■東京都知事選で小池百合子氏が圧勝 自民・都議会との対立強調の影響は?

 幹事 舛添要一氏の辞職に伴う東京都知事選は7月31日に投開票され、元防衛相の小池百合子氏(64)が元総務相の増田寛也氏(64)、ジャーナリストの鳥越俊太郎氏(76)らを破って初当選し、初の女性都知事が誕生した。小池氏の得票は増田氏を110万票余り上回り、予想を超える大差だった。本紙は小池氏圧勝の勝因分析を主に3面の[クローズアップ](CU)<劇場化戦略実る/都知事に小池氏/「一人の戦い」浸透>で行った。その前文は「ほぼ国政同様の枠組みで政党の推薦を受けた男性2候補を相手に、『たった一人の戦い』を前面に出して有権者の共感を広げる劇場化戦略が功を奏した」としている。本文では「『乱心した姫』(自民党関係者)の前に巨大な組織が立ちはだかった」「大政党がバックアップする男性2人に対し、立ち向かうヒロイン−−。そうした状況を演出するイメージ戦略は有権者に同情的に受け止められていったとみられる」とその勝因を分析している。しかし、イメージ戦略的分析で予想外の大勝を十分に説明できただろうか。

 選挙結果で特筆すべき点の一つは、自民が分裂選挙となり、小池氏が自民党支持層と無党派層の5割超(本紙出口調査)の票を集めたということだろう。他紙をみると、小池氏が都議会自民党を「敵役」に仕立て上げた劇場戦略に焦点を当てた勝因分析が目立った。例えば、以下のものだ。

 東京新聞(1面)=「小池さんは今の都政を、政策決定までの過程が見えない『ブラックボックス』と呼んだ。約五十年にわたって都議会第一党を占める自民と、都庁の官僚機構が、閉ざされた場での事前調整によって物事を決める。そこに、『都議会解散』を掲げた小池さんが風穴を開けてほしいと、多くの有権者が期待して一票を投じたのだろう」

 産経(3面)=「小池百合子氏は……都連幹事長の内田茂都議を中心とした都議会自民党も、民意から離れた敵役に仕立てた。……執行部の“強権政治”を際立たせる演説を繰り返した。都連側には『悪の権化』『伏魔殿』などと都民から苦情が舞い込んだ」

 本紙は、小池氏の選挙での都議会自民党との対立姿勢を2面の記事<都政は課題山積/五輪・待機児童 調整力問われ>に収容し、小池氏の「どこで誰が何を決めているか、都政をオープンにする」などの発言とともに今後の課題の中で取り扱っている。本紙も、小池劇場化政治の具体的な中身に踏み込み、都議会自民党との対立を強調した選挙キャンペーンに絡めた勝因分析が必要だったのではないだろうか。

 司会 社会部。

 社会部長 都議会との対立の構図は、劇場型の選挙が功を奏したという原稿の一部に含まれているが、もっと強調してほしかったという指摘だと思う。ただこの[クローズアップ]は、序盤情勢と終盤情勢の世論調査と出口調査に基づいて具体的に記述する趣旨で書いている。例えば、序盤の調査で無党派層の40歳以上の女性が5割程度支持していた鳥越氏について、週刊誌報道以降は2割程度に落ち込んでいるというようなデータを持ち込んで、どの票がどういうふうに流れたかという客観的なデータ分析をしているので、これでよかったのではないかと思っている。都議会との対立についてはこれまで社会面で何度も記述している。この欄では調査結果に基づいた報道を心がけた。

■優生思想、ヘイトクライムを全力で否定しよう

 幹事 相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件の最大の衝撃は、「重度障害者には生きる意味がなく、抹殺すべきだ」という優生思想を持つ容疑者が、それを実行に移したことだ。また、最も恐れるべきなのは、容疑者の考え方に共鳴する人が増えることだ。メディアは、この考え方を否定するための発信に全力を傾けるべきだと思う。最も説得力があるのは、障害者自身やその親族、施設職員、支援者らの声だろう。その意味で、事件直後に知的障害者やその家族でつくる「全国手をつなぐ育成会連合会」が出した声明と、障害者に向けたメッセージは、心を打つものだった。本紙は7月27日夕刊社会面に<強い憤り 障害者団体が声明>という3段見出しの記事を載せ、同会など障害者団体が出した声明について伝えたが、引用が一部にとどまり扱いも大きくなかったのは残念だ。他紙は、朝日、読売、東京が1面に記事を掲載していた。

 28日朝刊以降は、明確な問題意識を感じさせる紙面が続いた。28日朝刊社会面では、襲撃され意識不明になっている入所者の両親に取材した記事<息子よ 目を覚まして/両親「安心できる施設」なぜ>をいち早く載せ、親の心情や園での生活の実情などを丁寧に書いた。障害者向けメッセージも詳しい「抜粋」を載せた。その後も、28日夕刊社会面の<生きる権利奪うな/障害ある子の親 悲しみと憤り/健常者と同じなのに>、2日朝刊社会面の<相模原殺傷1週間/回復 祈る家族>などで、当事者の声を積極的に伝えた。中でも評価したいのは、28日夕刊1面に全盲・全ろうの重複障害を持つ福島智・東京大教授の寄稿<尊厳否定「二重の殺人」>を載せたことだ。無抵抗の重度障害者を殺すことは肉体的生命を奪う「生物学的殺人」であるとともに「人間の尊厳や生存の意味そのものを、優生思想によって否定する『実存的殺人』である」という言葉や、「ごく一握りの『勝者』『強者』だけが報われる社会」を憂慮する指摘には、深く考えさせられた。

 また、本紙は事件に対する識者や記者の見方も積極的に記事にしている。31日から朝刊社会面で始めたワッペン企画[わたしの視点]は発信の意思を感じる優れた記事だと思う。29日の社説<障害者と社会/どんな命も輝いている>にも共感した。31日朝刊2面[時代の風]<「排外気分」のその先に>、2日朝刊[記者の目]<憎悪犯罪 全力で闘おう>、3日朝刊[発信箱]<19本の白い菊>なども説得力があった。

 司会 障害者団体の声明の記事の書き方と扱いについて、まず社会部と情報編成総センター(見出し・扱いなどの編集担当)に聞きたい。

 社会部長 27日夕刊社会面<強い憤り 障害者団体が声明>の記事は、二つの団体のホームページの声明を抜粋して掲載した。「全国手をつなぐ育成会連合会」のホームページには一般向けの声明と、障害のある方へのメッセージの2種類が掲載されていた。ホームページを見た記者は、一般の方に呼びかけているものを一般に向けて記事化しようと抜粋を作ったが、障害者に向けた「私たち家族は全力で皆さんのことを守ります」というメッセージのほうが障害を持っている方々を勇気づける声明なので、翌日の朝刊でカバーした。全文掲載を考えて大きくやるべきだった。

 司会 情報編成総センター。

 編集部長 27日夕刊社会面3段の扱いだが、同じ社会面に容疑者のツイッターの内容を伝える大きな原稿があり、障害者団体の声明の原稿は短くて淡々としていたため、大きく扱おうと考えなかった。しかしながら社会部との間で「もう少し長く書きませんか」とか「もうちょっと目立つように扱いますよ」と問題意識を持って編集作業をするべきだった。

 司会 その後は各部の連携で大きく展開できていると思う。[私の視点]などを取りまとめている医療福祉部に今後の展開と、福島先生の寄稿の経緯も含めて説明してもらいたい。

 医療福祉部長 福島先生の寄稿だが、福島先生と付き合いのある論説委員に、事件を受けての率直な思いがメールで届いた。すばらしい内容なので紙面に掲載したいとお願いしてもらった。出稿段階ではデスクが福島先生ともう一度直接やり取りして、夕刊の1面で扱った。改めてこの原稿を読んで、今回の事件の重みを痛感させられた。それをきっかけに、事件を考えるワッペン企画をスタートさせようという意見が出た。各部に協力してもらっているが、外信部からナチズムに詳しいドイツ人のジャーナリストの原稿が出ているので、これから紙面化して読者に伝えていきたい。

 司会 福島先生の寄稿から本紙の報道に火が付いたという感じもするが、扱いについては1面か社会面かで議論があったと聞いている。

 編集部長 考えさせられる内容だったので思いきって1面で扱った。これだけの大事件なので、紙面にメリハリを付けることができたのはよかったと思う。

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