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アンコール

5月の在京オーケストラの演奏会から(後編)

写真提供=東京フィル(C)上野隆文

【アンドレア・バッティストーニ指揮 東京フィル 第5回平日の午後のコンサート~チャイコフスキーの誘惑】

 平日の午後に通常よりも短めのプログラム編成で、指揮者が作品の解説を行い、聴衆からの質問に答えるなどの“おしゃべりタイム”がある東京フィルハーモニー交響楽団「平日の午後のコンサート」。同じスタイルで開催される「休日の午後のコンサート」とともに毎回、ほぼ満席となる人気シリーズとして注目を集めている。5月の「平日……」、6月の「休日……」と連続して同団首席指揮者のアンドレア・バッティストーニが登場し、情熱タップリの演奏と分かりやすい楽曲解説で聴衆を大いに沸かせた。

 5月の「平日……」のテーマは「チャイコフスキーの誘惑」で、イタリア奇想曲と交響曲第5番が演奏された。バッティストーニの非凡さを示したのがイタリア奇想曲。離婚後のチャイコフスキーが、傷心を癒やすため友人とヨーロッパ各地を旅行。イタリアを訪れた際に、ロシアとはまったく異なる陽光あふれる風土と人々の気質、そしてイタリア民謡などに触発され作った作品といわれている。バッティストーニはメインテーマの原曲であるイタリア民謡を歌詞付きで歌ってみせ、その独特の抑揚やアーティキュレーション(音と音のつなげ方)を分かりやすく説明してから演奏を開始。太陽がさんさんと輝くような響きとイタリア民謡ならではの抑揚を強調した演奏は聴く者の心を躍らせるものであった。客席からは盛大な喝采とブラボーの歓声。この小品で聴衆をこれほどまでに熱くさせた指揮者は他にいただろうか。少なくとも筆者の記憶にはない。

 交響曲第5番では第1楽章冒頭にクラリネットのソロで提示される基本のモティーフが楽章ごとにどのように展開されているのかのポイントを、オーケストラに演奏させながら解説。その後の全曲演奏では自身が説明した作品のポイントをきちんと押さえながら、そこにドラマティックな表情をもたせて聴き手を魅了。このように情熱と冷静さを兼ね備えた指揮をしていく点も彼の才能の豊かさを示すものであろう。

写真提供=東京フィル(C)上野隆文

 6月の「休日……」は、「ヴェローナより愛をこめて」のテーマで、シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」を題材にしたチャイコフスキーの幻想序曲「ロメオとジュリエット」やプロコフィエフのバレエ組曲「ロメオとジュリエット」(抜粋)などの名曲を披露。オペラをメインのフィールドとするバッティストーニだけにストーリー性のあるこれらの作品は、まさにお手のもの。前述のチャイコフスキーの交響曲の時と同じく、作品のポイントを手堅く押さえながらも情感タップリの熱演を披露し客席を大いに沸かせていた。

 次回「平日の午後」は7月20日、三ツ橋敬子の指揮、「魅惑のメンデルスゾーン」のテーマで、同「休日の午後」は9月3日、バッティストーニの指揮で「ヴェローナより愛をこめて2」のテーマで開催される。また、バッティストーニは9月8、10の両日、オーチャードホールでヴェルディ後期の傑作、「オテロ」を演奏会形式(映像付き)で上演することも注目される。

写真提供=日本フィル(C)山口敦

【ピエタリ・インキネン指揮 日本フィル定期演奏会 ワーグナー:楽劇「ラインの黄金」(全曲演奏会形式上演)】

 日本フィル首席指揮者のピエタリ・インキネンは、このポストに就任(2016年9月)する以前からワーグナー作品を重点的に取り上げている。これまで日本フィルとは「ワルキューレ」第1幕、「ジークフリート」と「神々の黄昏」のハイライトなどを取り上げ、好評価を得てきた。海外では2013年にオペラ・オーストラリアにおける「ニーベルングの指環」(ニール・アームフィールド演出)の指揮を担当。16年のツィクルス再演でも指揮を任されるなど、ワーグナー指揮者としての地歩を固めていこうとの意欲が感じられる。

 そんなインキネンの前向きな姿勢を受けて日本フィルは力の入った熱演を繰り広げるなど、両者の相性の良さを示す演奏会となった。インキネンのワーグナー作品に対するアプローチは、大仰な表現を一切行わず、響きのバランスやスムーズな音楽の流れを重視したもの。「ラインの黄金」は全4作のプロローグ的な作品だけに、初出のライトモティーフ(示導動機)が数多提示されるのが特徴。インキネンはそれらを明瞭に聴き取れるよう、響きが必要以上に厚くなったり、混濁してしまったりするようなことがないよう細心の注意を払っていた。

写真提供=日本フィル(C)山口敦

 演奏会形式ではあるが、ハンブルク歌劇場などで研さんを積んだ佐藤美晴が演出を務め、舞台前面に立つ歌手が身ぶり手ぶりを交えて、必要最小限の演技を披露。照明の変化によって場の雰囲気を表すなどの工夫も施されており、視覚的にも十分楽しめるステージに仕上がっていた。

 ユッカ・ラジライネン(ヴォータン)、リリ・パーシキヴィ(フリッカ)、ワーウィック・ファイフェ(アルベリヒ)、斉木健詞(ファーゾルト)、山下浩司(ファフナー)、池田香織(エルダ)らのキャスト。当初、ローゲに予定されていたウィル・ハルトマンとミーメ役の高橋淳が体調不良でキャンセル。代わって西村悟(ローゲ)、与儀巧(ミーメ)が出演した。ラジライネンは派手さこそないものの、相変わらずの安定した歌唱で泰然とした雰囲気のヴォータンを描き出したほか、攻撃的なアルベリヒを表現したファイフェ、代役ながらシニカルかつ軽妙なローゲを演じてみせた西村が歌手陣では特に印象に残った。

 全体的によくまとまった好演であったが、あえて欲を言えば、個々の場面で音楽の中に演劇的な〝ケレン味〟や〝雑味〟のようなものがもう少しあれば、ワーグナー作品の根底にあるドロドロした人間味がより強く表現できたのではないか、と感じた。とはいえ、これは趣味の問題かもしれない。大編成のオーケストラが織りなす、壮大かつ複雑なサウンドを見通しよくクリアにまとめ上げたインキネンの手腕とそれに的確に応えた日本フィルの演奏は、高く評価されるべきものであったといえる。なお、取材したのは5月26日の公演。

写真提供=東京都交響楽団(C)ヒダキトモコ

【小泉和裕指揮 東京都交響楽団 定期演奏会Aシリーズ】

 今年68歳を迎える指揮者、小泉和裕。円熟の境地に向かって歩みを進める彼が東京都交響楽団の指揮台に立つと、その充実ぶりを実感させてくれる演奏を聴くことのできる機会が増えている。都響の聴衆もそれをよく知っているのであろう。平日の夜、日本人指揮者によるシューマンの交響曲をメインに据えた演奏会といえば、必ずしも大向こう受けするプログラムとはいえないはずだが、会場の東京文化会館は、ほぼ満員の盛況ぶり。そんな聴衆の期待に応えて、小泉と都響は聴き手の心に強く訴えかける演奏を披露してくれた。

 小泉の音作りは最近流行の対旋律や内声部を明瞭に浮き上がらせるなど、響きの透明感を重視した“スケルトン型”ではなく、ハーモニーの美しさや、濃密さを楽しませてくれるスタイル。これが都響弦楽器セクションの厚く温かみのあるサウンドとよくマッチしているのであろう。このオーケストラの持つ美点を存分に生かした音作りがなされ、聴衆から大きな支持を得ていることは、終演後の大喝采からも明らかである。

写真提供=東京都交響楽団(C)ヒダキトモコ

 ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番のソリストはレバノン出身、フランスなどで活躍する中堅アブデル・ラーマン・エル=バシャ。日本ではラ・フォル・ジュルネなどにも出演しており、安定したテクニックをベースにした明瞭なタッチでのベートーヴェン演奏に定評のあるピアニストである。小泉のオーソドックスなアプローチとの相性も良く、虚飾を排した正攻法の演奏はこの協奏曲の特質をシンプルに表現したものとなった。

 メインのシューマンは前述の通り濃密なハーモニーを駆使する一方で、音楽の運びが鈍くなることはなく、推進力に富み生命感に満ちあふれた好演となった。小泉のやや前傾姿勢の指揮姿を客席から見ていると、師であるヘルベルト・フォン・カラヤンの70年代の姿にそっくりなのはご愛嬌(あいきょう)だが、その音楽作りが単なるコピーに終始することなく師の良いところを取り入れつつも自分のスタイルをしっかりと確立しているからこそ、彼の音楽に生命感が宿ることが、当夜のシューマンの演奏を聴いて理解できた。

 小泉の都響への次回登場は10月24日、サントリーホールにおける定期演奏会。バルトークのヴァイオリン協奏曲第2番(独奏アリーナ・イブラギモヴァ)、フランクの交響曲ニ短調のプログラムが予定されている。

(宮嶋 極)

公演データ

【東京フィルハーモニー交響楽団 第5回平日の午後のコンサート~チャイコフスキーの誘惑】

5月17日(水)14:00 東京オペラシティ コンサートホール

指揮とお話:アンドレア・バッティストーニ

 

チャイコフスキー:イタリア奇想曲Op.45

チャイコフスキー:交響曲第5番ホ短調Op.64

 

【東京フィルハーモニー交響楽団 第72回休日の午後のコンサート~ヴェローナより愛をこめて】

6月4日(日)14:00 東京オペラシティ コンサートホール

指揮とお話:アンドレア・バッティストーニ

 

ベルリオーズ:劇的交響曲「ロメオとジュリエット」より”マブの女王のスケルツォ”

チャイコフスキー:幻想序曲「ロメオとジュリエット」

ロータ:「ロメオとジュリエット」より“愛のテーマ”

プロコフィエフ:バレエ組曲「ロメオとジュリエット」Op.64から

        第2番より“モンタギュー家とキャピュレット家”、“少女ジュリエット”

        第1番より“仮面”、“バルコニーシーン”、“ティボルトの死”

 

【日本フィルハーモニー交響楽団 第690回 東京定期演奏会】

5月26日(金)19:00 27日(土)14:00 東京文化会館 大ホール

指揮:ピエタリ・インキネン

演出:佐藤美晴

照明:望月太介(A.S.G)

衣装スタイリング:臼井梨恵

ヴォータン:ユッカ・ラジライネン

フリッカ:リリ・パーシキヴィ

ローゲ:西村 悟(26日)/ウィル・ハルトマン(27日)

アルベリヒ:ワーウィック・ファイフェ

フライア:安藤赴美子

ドンナー:畠山 茂

フロー:片寄純也

エルダ:池田香織

ヴォークリンデ:林 正子

ヴェルクンデ:平井香織

フロスヒルデ:清水華澄

ミーメ:与儀 巧

ファーゾルト:斉木健詞

ファフナー:山下浩司

 

ワーグナー:「ニーベルングの指環」序夜~楽劇「ラインの黄金」(全1幕演奏会形式上演)

 

【東京都交響楽団 第833回 定期演奏会Aシリーズ】

5月31日(水)19:00 東京文化会館 大ホール

指揮:小泉 和裕

ピアノ:アブデル・ラーマン・エル=バシャ

 

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調Op.73「皇帝」

シューマン:交響曲第2番ハ長調Op.61

筆者プロフィル

 宮嶋 極(みやじま きわみ)スポーツニッポン新聞社勤務の傍ら音楽ジャーナリストとして活動。スポニチ紙面、ウェブにおける取材・執筆に加えて音楽専門誌での連載や公演プログラムへの寄稿、音楽専門チャンネルでの解説等も行っている。

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